シドニー1988
シドニー1988
この記事の写真をすべて見る

「猪木のダーッ」より「マイルスのダーッ」
Sydney 1988 (Cool Jazz)

 厳かな《イン・ア・サイレント・ウェイ》のオープニングに現場オーヴァーダビング感覚でマリリン・マズールが「カシャキチ、カシャキチ、カトキッチャーン」と小道具で緊張感を煽る瞬間、もう封印したはずの「クーッたまらんっ!」が思わず出るナカヤマではありますが、まあ言う方も読む方もかなり飽きがきているとはいうもののさりとて封印する必要もなく、ようは回数を減らせばいいのではないでしょうか、たとえば月に2回とか(って毎回聞くようだが、誰に言ってんだ、ったく)。

 さてさて本日もやってきました帝王マイルスのブート・タイム。今回は1988年4月28日のオーストラリアはシドニーのライヴ。なんでも会場はエンターテインメント・センターというらしく、まさしくマイルス一党はエンターテインメント性に富んだライヴをくり広げている。とくに今夜の《スター・ピープル》における「ダーッ」はいつもの3倍は大きく、またキメも激しく、フォーリーなどむち打ち一歩手前の状態で弾き倒している。申し遅れましたが「ダーッ」とはスローな曲の途中で思い出したように登場する「ダーッというそれはそれは大きな音」という意味ではあります(不肖ナカヤマはこれを「猪木のダーッ」にならって「マイルスのダーッ」と呼んでいます)。

「ダーッ」があれば「ダンッ」もあるというわけで、2枚目に移ればリッキー・ウェルマンのカウントをとる大きな声が聞こえ、そしてやってきました《TUTU》の「ダンッ」は今夜もなかなかの決まり具合。しかもこのクール・ジャズ盤はオーディエンス録音ながら(あるいはサウンドボードかなにかなのでしょうか)、ドラムスとパーカッションが前面で目立ち(バランスが悪くうるさいという意味ではない)、じつに細やかな動きまで見渡せる。よって「ダーッ」や「ダンッ」もいつも以上に効き目があり、この時代のマイルス・バンドはやはりこうでなくては困ります。

 おお、なんと《スプラッチ》ではマイルスが装着マイクを使ってカウントをとっているではないか。これは珍しい。とはいえさほど有難味を感じないほど帝王慣れした自分が怖いわけですが(だからボクにはマイルスを伝説や神話として見立てた文章がそうとう無理しないと書けないわけです)、これが20年前の音楽とはとうてい思えない。まるで今夜にでもニューヨークや新宿で鳴っているサウンドではないか。そしてマイルスが吹くフレーズが他のメンバーの誰よりもいまなお新しいことに注目していただきたい。

【収録曲一覧】
1 In A Silent Way-Intruder
2 Star People
3 Perfect Way
4 The Senate / Me And You
5 Human Nature
6 Wrinkle
7 Tutu
8 Movie Star
9 Splatch
10 Time After Time
11 Heavy Metal (incomplete)
(2 cd)

Miles Davis (tp, key) Kenny Garrett (as, fl) Robert Irving (synth) Adam Holzman (synth) Foley (lead-b) Benny Rietveld (elb) Ricky Wellman (ds) Marilyn Mazur (per)

1988/4/28 (Sydney)

[AERA最新号はこちら]