大阪府在住の会社員、田中重雄さん(仮名・54歳)は9年前、排便するたびに出血するようになった。だが、「重大な病気だと言われたら怖い」と、病院に行かずに放置していたところ、腸に便が詰まってパンパンになり、大阪府立成人病センターの消化器外科に駆け込んだ。

 大植雅之医師が診察すると、直腸の下部、肛門から6.5センチ離れたところに、8.4センチの大きながんが見つかった。がんは腸管をふさぎ、もう少しで破裂するところだった。リンパ節に59個もの転移が見つかったが(直腸周囲31個、大動脈周囲24個、側方4個)、他の臓器への転移はみられなかった(病期III)。

 大植医師は開腹手術により、排尿機能や性機能をつかさどる神経をできる限り温存しながら、がんがある部位の腸管と転移リンパ節をすべて切除した。手術後には、転移・再発を防ぐための抗がん剤治療(術後補助化学療法)をおこなった。

 田中さんは術後、排便回数の増加、下痢時に便が漏れやすいといった排便障害や、薬で治療できる程度の勃起機能低下が起こった。しかし、日常生活に大きな問題はなく、仕事を続けられた。手術した年の夏には子どもと泳ぎに行って真っ黒に日焼けし、現在も再発なく元気に過ごしている。

「田中さんはリンパ節転移の数が非常に多かったのですが、がんと一緒にそれらを完全に切除して一命を取り留めました。下部直腸がんの過半数が局所再発を起こすことから、しっかりとした手術で側方リンパ節を切除することが非常に重要です」(大植医師)

 術前の診断では精度の問題により正確にリンパ節転移を確認できないことも多いが、病期II、IIIの直腸がんのおよそ20%に側方リンパ節への転移が見つかることがわかっている。

「側方郭清には外科医の高い技術が必要とされるうえ、一つひとつのリンパ節をていねいに切除するには手間と時間がかかります。リンパ節転移の危険性が高い下部直腸がんの患者さんには、徹底した側方郭清をおこなっている専門病院で手術を受けることをおすすめします」(同)

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