フォア・アンド・モア/マイルス・デイヴィス
フォア・アンド・モア/マイルス・デイヴィス
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「あのフリースって、Masterの?」

 JimmyJazz店内のクロークに掛けてあるフリースのジャンバーのこと。いつ来ても掛けてあるから、不審に思うのか、よくお客さんに言われるのである。じつをいうとこのフリース、音響を調整するために吊ってあるのだが、理由を説明するとますます不審に思われるようだ。

 毎日毎日同じ場所で、同じような作業を何年、何十年とやってると、妙なことを発見するもので、このフリースもそのひとつ。一枚掛けておくと、対面に位置するスピーカーの音が良くなり、ハンガーから撤去すると途端に音が悪い。

 壁と天井すべてがコンクリートで囲まれた当店のこと、吸音する物がないので反射が増えすぎるのだろう。必ずしも一般家庭でフリースを吊って音が良くなる保証はない。

 絶対にフリースでないといけないかというと、そんなこともない。いちばん良いのは天然ウールやカシミヤの上着だが、そんなのをずっと掛けておくと虫に喰われる危険があるので、その代用として着古したフリースを掛けてある。革やビニール、コットン素材の上着ではあまり効果がないようだ。

 開業した22年前はバブル全盛で、お客さんは皆、上等なウール生地を使ったスーツを着てたから、脱いだ上着を預かって掛けておくと、けっこう音が良かったのだ。

 今は夏なのでわかりにくいが、外が寒く、店内が温かい冬の季節はもっと都合が良い。外を歩いてきてひんやりしたウールの上着を、温かい店内に吊るすと、BGMの音量があがって急激に音質変化を起こす。冷えた上着も、やがて室温に馴染んでくるから、だんだん効果も薄れてくるが、これは面白い現象だった。

 ファッションのカジュアル化が進み、散髪するのにスーツを着込んで来る人もめっきり減った昨今だが、クロークに吸音する上着が掛かってないと調子が出ないのは、そうこうしてるうちに偶然発見したことだ。

 掛けっぱなしだと埃を被るので、ときどき洗濯もするし、冬はグレーのフリース、夏は暑苦しいのでオフホワイトのものに掛け替えて、一応季節感(?)を演出している。

 いっそのこと、フリースの掛けてあるところに吸音材を貼り付けたらいいのではないかと実験したこともあったが、貼って固定してしまうのと、吊り下げておくのとでは、また効果が違っていて、やはりブラブラぶら下がってるほうがいいみたいである。

 そんなわけで、鹿の剥製やら、掛けっぱなしのフリースやら、当店には不審なモノがいろいろあるけれど、それぞれにちゃんと意味がある(ことが多い)のだ。

 以前、雑誌の取材でナカヤマヤスキという人が当店にみえた際、「写真を撮るのでナカヤマさんの髪を切る真似をしてください」と言われ、マイルスの『フォア・アンド・モア』をかけながら、調子に乗って本当に髪を切ってしまうというパフォーマンスをやったが、掛けてあるフリースが鏡に写りこむというので、カメラマンがこれを撤去してしまった。

 あれがないと音がイマイチなんだがなあと思いながら、「ソー・ホワット」で激しくヘッドバンギングするナカヤマさんの髪を切るのはわずか数ミリに留めた。あのとき切った髪はいまでも大事にとってある(ウソです)。

【収録曲一覧】
1. So What
2. Walkin'
3. Joshua
4. Go-Go (Theme And Announcement)
5. Four
6. Seven Steps To Heaven
7. There Is No Greater Love
8. Go-Go (Theme And Announcement)