政治から芸能まで続々とスクープが連発している。しかし、注目されるのは真面目なスクープよりも、“ゲスい”ことばかり。そうした情報を大事のように取り上げるメディアに作家・室井佑月氏が嘆く。

*  *  *

 政治家や国など、巨大な力と戦わざるをえない立場に追い込まれたり、なにかを告発したくなったりしたらどうするか、という話でマスコミの仕事をしている友人と盛り上がった。

 ま、あたしも友人もジャーナリストではないし、危ない仕事はしていない。たんなるたわいもないおしゃべりよ。

 あたしはいった。友達もいった。

「今は迷わず文春(週刊文春)じゃね? 以前だったら新聞だったと思うけど」

「てかさ、新聞社のトップが、喜んでホイホイ飯を食いにいってしまうんだよ。逆に、向こうに売られる可能性も考えるわな」

「新聞を読んでいる人、少なくなってきたしね。スポーツ紙以外の新聞スクープはテレビであんまり取り上げられないから、せっかく命をかけて告発しても、世に広まらなさそうだしね」

 そのときはそんなことをしゃべって、ゲラゲラ笑っていたのだ。

 けど、数日経ってもあたしはなんとなくこの友人との会話が忘れられなくて、もしかするとそれは笑い話の類にしてはいけないことなのかもしれないと思いはじめた。

 
 時代は変わった。以前なら、巨大な力と戦おうとしている人は、新聞に相談を持ち込んだ。なにより、新聞はスクープ命、そして新聞のスクープが翌日のテレビにもっと反映されていたような……。

 週刊誌がすっぱ抜き(良いことです)、その後、テレビの情報番組が後追いする。新聞よりは週刊誌が、そして週刊誌よりはテレビのほうが娯楽要素が強いと思う。

 スクープのない新聞なんて、読んでいてつまらん。毎月の支払いも大変だしな。よって、テレビやネットに情報を頼る人は増えているんじゃないか。

 テレビやネットは、読んでいる人間や、見ている人間に、ベッキーちゃんやSMAPの話題と等しく、甘利明・前経済再生相のあっせん疑惑や、宮崎議員の育児休暇・不倫問題などを提供する。視聴率やヒット件数が多ければ、ベッキーちゃんやSMAPのほうが大事のように流される。

 すると、どういうことが起きるか? たとえば、元自民の武藤衆院議員なんて、自分の立場を悪用した議員枠の株情報があったのかどうかをもっと問題にすべきだった。だが、議員宿舎に男を連れ込んだかどうかが焦点になっていく。いや、もうそこでもなくなって、男好きの男の顔を見てやろう、ぐらいの感覚になる。

 自分にもそういうゲスい感情があるからよくわかる。けれど、ここでちょっと考えなくてはいけないのは、味噌も糞も一緒にしてはいけないということだ。メディアに任せず、あたしたち一人一人が倫理観を持ち出したら、逆にメディアもついてくる?

 と思ったが……総務大臣という立場の人間に「政治的に公平ではない放送をするなら電波を停止する」、そう恫喝されても、テレビは黙っているのですな。

週刊朝日 2016年3月4日号

著者プロフィールを見る
室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

室井佑月の記事一覧はこちら