死を目前にしたとき、その恐怖や悲嘆を乗り越え、穏やかに逝きたい……。今、終末期医療や看取りの現場で、死に臨む患者や家族に寄り添って心のケアをする「臨床宗教師」が注目されている。活動現場を訪ねてみた。
「こんにちは。具合はどうかな?」
のどかな田園地帯が広がる岐阜県大垣市。庭に面した縁側に沼口医院の沼口諭院長(54)が姿を見せ、慣れた様子で家に上がってきた。定期的な訪問診療である。
出迎えたのは、患者の小川和子さん(87)。若いころに直腸がんの手術を受け、その後は元気だったが、最近、別のがんが見つかった。再び手術を受けたところ、経過は順調で、退院して家に戻ることができた。だがその後、息子が腎臓病で亡くなり、いまは古い一軒家で独り暮らしだ。
小川さんは、がん再発と息子の死のショックで生きる気力を失い、重いうつ状態に陥っていた。
沼口院長が言う。
「医師は、病気を治療できるし、身体の痛みやつらさも緩和ケアで何とか取り除くことができる。でも、患者の深い悲しみや絶望感といったスピリチュアルペイン(※1)を和らげるには、医学だけでは力不足。そういう場面では、宗教的なアプローチが重要な役割を果たすのではないかと思っています」
ピンピンコロリで死ぬのは奇跡に近い。多くの医師がそう断言する。人の身体は、長く生きれば生きるほど経年疲労を起こし、あちこちに不具合を起こす。死に直面すると、身体のつらさに加え、スピリチュアルペインに苦しむこともある。
沼口医院では2014年4月から、スピリチュアルペインのケアを担当する専任スタッフとして、臨床宗教師の田中至道(しどう)さんを採用している。田中さんは浄土真宗本願寺派の僧侶で、岐阜市にある寺の後継ぎである。