今年5月、俳優の今井雅之さんが大腸ガンで死去した。今井さんの舞台に出演したお笑い芸人のスピードワゴン・井戸田潤さんは、稽古の思い出をこう語る。
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今井さんが作ってライフワークにされていた舞台「THE WINDS OF GOD」に、2013年と15年の2回、参加させていただきました。現代の芸人が、交通事故をきっかけに第2次世界大戦の時代にタイムスリップして、神風特攻隊員と入れ替わるという物語です。
今井さんはいい兄貴でしたが、むちゃくちゃなことをさせる人でした。稽古が強烈で、全然あまーーくない! 14日間の稽古のうち、最初の1週間は肉体の鍛錬ばかりで、行進やら“拳立て伏せ”やらさせるんです。今井さんいわく「これで現代人じゃなく、当時の特攻隊員の体に見えるようにするんだ!」って。体はボロボロで、演技どころじゃなかったですよ(笑)。
とにかく、「一生懸命、死ぬ気でやれ!」が口癖。舞台の稽古のときも「人生でたった2週間だけ、本気で頑張ってくれ」と言われました。
でも、いちばん死ぬ気でやっていたのは今井さんです。この舞台に命を懸けていました。15年の公演の稽古が始まったときは、すでに大腸がんの末期。体がそんなだったので主演を降板し、記者会見では、「生きていてこんなにつらいことはない。役者が舞台を降りるというのは本当に悔しい」とおっしゃっていた。でも、舞台への情熱はずっとあって、げっそり痩せて生きているのがやっとだったと思うのに、稽古場に来て様子を見てくれていた。「自分が生まれた兵庫での公演は舞台に立ちたい」ともおっしゃっていて、僕は本当に奇跡を起こすんじゃないかと思っていました。
亡くなる数週間前、5月5日の東京公演千秋楽には、打ち上げに来てくださいました。ご自身はもう飲み食いがほとんどできない状態だったから、フルーツだけつまんで。でも、「俺を気にせずどんどん飲めよ」って、あんな状態なのに、周りを気遣ってばかりいました。強面だけど気遣いの人なんです。
不思議なことに、今でも亡くなった感じはしないんですよ。強烈な稽古をさせ、自分は「死ぬ気で頑張る」って言葉を体現した今井さんを、僕はずっと忘れないでしょうね。
※週刊朝日 2015年12月18日号