志を持った若者を育て、少しでも介護業界を向上させたいと奮闘する十文字学園女子大学人間生活学部人間福祉学科の宮内寿彦教授は話す。
「現在は大学での『介護福祉士』取得者は1%未満と推測され、約75%は、3年間の実務経験を積み、国家試験を突破した方々です」
宮内教授は福祉の教壇に立って18年目。近年の虐待事件等、介護現場の問題点を将来改善していってほしい、と学生に伝える。
「私は入学してきた学生に対して、『あなたが目指す介護福祉士像とは?』と問いかけ、文章にさせることから始めています。半年ごとに書かせては見直し、新たな目標を立てさせることを卒業までやります。自分の志を振り返り、次の課題に進むんですね。DVDやテキスト、事例を素材にして、どうしてこういうことが問題なのだろう?と介護の基礎と倫理観を育てます。していいことと、いけないこと、自分で判断していいことと、いけないことを、授業で理論的に取り入れています」
宮内教授は川崎市、山口県下関市、大分県杵築市、名古屋市などの虐待事件についてもこう語る。
「今、現場で暴言や虐待行為が発生している原因はいろいろとあるでしょう。職場の組織風土、人間関係、不満やストレス。しかし、いつか自分の親が施設を利用するかもしれない、自分も老いて、施設を利用するかもしれない。『あなたは、あなたの介護を受けたいですか?』と問いたい。利用者や家族の思いに寄り添うことが大切です。介護現場の入り口で最低限のモラルを備えるように、教育研修を強化していかねばなりません」
厚生労働省は人材不足に対処するため、「介護人材の裾野を広げる」と言い、将来的に多くの未経験者が現場に立つ可能性を示唆した。
「研修制度を充実させなければ、ケアの質が下がり、負のスパイラルに陥るでしょうね」(宮内教授)
社員育成に頭を悩ませる介護施設経営者にも匿名で話を聞いた。年商3億2千万円。100人弱の従業員を抱え、関東地方でデイサービスを展開中だ。
「正直な話、全産業の平均年収より26万4千円も低い(13年分、国税庁発表)介護業界に、優秀な人間は集まってきません。虐待事件なども、労働者の質の低さが大きな要因となっています。とにかく人手がほしいと、資格もない労働力をかき集めた結果でしょう。また、この世界に男性が少ないのは、妻子を養っていけないからです」
「寿退社」という言葉があるが、介護の世界におけるそれは、男性社員が結婚を機に、より賃金の高い仕事に変わることを指す。
「今後は弊社も大学で福祉を学んだ学生を新卒で採用したいですね……。非常に難しいですが、ニュースも見ない、日本の首相の名も知らない、社会事情に疎いといった人間を教育していくには、徹底した研修しかないと思っています」
(本誌・林 壮一)
※週刊朝日 2015年11月6日号より抜粋