環太平洋経済連携協定がようやく大筋合意した。“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、この大筋合意に賛成の意を示す。

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 一緒に酒を飲んだ翌日、私の講演を聴きに来てくれた友人に言われた。「講演の最初の頃は、昨晩の酒が残っていて、それに酔っているんだと思っていたけど途中で気がついた。自分の説に酔っていたんだなと」。

 そうなのだ。「円安による経済再生」「小さな政府」「社会主義国家から真の資本主義国家へ」と、しゃべっていると、目の前にバラ色の日本の将来が広がり、自説に酔ってしまうのだ。しかし65年間の人生で一番酔ったのは、オオニシ先輩につれていってもらった駿河湾でのイカ釣りの時である。あの時はゲーゲーと船の上から激しくまき餌をしてしまい、風下に座っていたオオニシ先輩の顔にもぶちまけてしまった。

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 2013年4月に「円安で燃料価格が上昇している分の公的支援」を要請したイカ釣り漁船約1500隻が2日間、一斉休業した。半年ほど前に1ドル=70円台だったドル円相場が、100円近くへと円安が進んだからだ。その要求もあってか14年度補正予算では「漁業経営セーフティーネット構築等事業」に220億円、「中小トラック事業者の燃料費対策」に35億円が盛り込まれた。

 イカ釣り漁業者が苦しいのは心から同情する。しかし、この補正は本当に必要だったのかと疑問に思っている。そのほんの数年前、1ドル=110円の時も120円の時もイカ釣り漁師さんたちは漁業補助なしに操業できていたからだ。それがなぜ今回は?

 それ以上に疑問に思うのは12年に80円近辺だったころ、1バレル=110ドルだった代表的原油先物のWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)は今や半分以下の50ドル近辺だ。たとえ為替で30%円安が進行しても、ドルベースでの燃料費が30%安くなれば、日本の業者の燃料費コストは変化がないはずだ。

 
 ところで環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意した。これは日本の将来にとって素晴らしいことで、政府の努力に敬意を表する。しかし疑問もある。農林水産業などの救済対策に全力で取り組むという点だ。外国産農水産物の価格は関税分が下落し、国際競争力が落ちるのはわかる。

 しかし野田佳彦首相(当時)が、APEC首脳会議において関係国と協議に入る旨を表明した11年11月13日のドル円相場は、おおよそ80円。安倍晋三首相がTPP交渉に参加を表明した13年3月15日はおおよそ96円だ。当時であれば、農水産業者が激しい抵抗をしたのもわかる。しかし今は120円と、野田前首相の表明時からは50%、安倍首相の表明時からは25%も下落した。これは50%または25%の関税分をすでに補填したに等しい。1ドル=120円の今、日本の農水産業者の国際競争力はより増している。

 今の関税は牛タンで12.8%、鶏肉8.5%、11.9%、さくらんぼ8.5%、蜂蜜(天然)25.5%、小豆10%、銀ザケ3.5%だ。

 ましてや私は、今後、大幅な円安を予想している。もしそうなれば関税などなくなっても、米のような一部農産物を除いて、日本の農水産業の未来は明るい。関税の引き下げという不利な面だけを強調して、政治家が地元のために補助金を引き出そうとするのは、まさにばらまき、票稼ぎだと思わざるを得ない。

週刊朝日 2015年10月30日号