ニューヨーク・ニューヨーク(オリジナル・サウンドトラック)
ニューヨーク・ニューヨーク(オリジナル・サウンドトラック)
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 わたしの好きな映画のナンバーワンは、誰が何と言おうと、ライザ・ミネリ、ロバート・デ・ニーロ主演の「ニューヨーク・ニューヨーク」だ。

 第二次世界大戦の終戦、米軍の勝利を告げる新聞を、白と茶のコンビのウィングチップの靴が踏みしめるところから映画は始まる。

 ロバート・デ・ニーロ扮するテナー奏者のジミー・ドイルは、アロハでもズートスーツ姿でも、いつもこのウィングチップを履いていて、それがたまらなくジャジーでカッコよかった。スイングからビ・バップへ移り行く音楽シーンを縫うように展開するストーリー。絢爛豪華なミュージカル仕立てのライザ・ミネリのパフォーマンスにも、若き日のわたしは心ときめいた。

 ビデオを借りて何度も見ていたら、このウィングチップがどうしても欲しくなり、あちこち探して、デザイナーズブランドのMEN'S BIGIが造っていたものを、わざわざ取り寄せてもらった。

 この靴を履いて、意気揚々とスタッフを理容学校の講習会に連れていった。ちょうど”ジャズの聴ける理容室”も軌道に乗ってきて、わたしも調子に乗っていた頃だった。

 さて、講習も終わり、帰ろうとしたら、靴がない。「やられた!」

 こんなに派手な靴、うっかり間違えて履いて帰るようなものではない。今どき、他人の靴を盗む奴が居るなんて!!

 皆さんはおそらく経験したことがないと思うけれど、履いて帰る靴がないという状態が、どれほど間の抜けたものかお分かりだろうか。とりあえず、スタッフに頼んで、近所の靴屋で履いて帰るためのスニーカーを買ってきてもらった。

「'40年代のビ・バッパー」を気取っていたのが、いきなり「靴をパクられた情けない店長」に格下げである。

 終戦直後じゃあるまいし、何も人の靴を盗ることもなかろう。

 お気に入りの靴を盗られたことも悔しいが、同業者にそんなことをする奴が居ることのほうが、もっと情けなかった。理容師の品性の無さを見た思いだった。

 あんまり悔しいので、今度は白と黒のウィングチップを買い、さらにもう一度白と茶のウィングチップを買ってやった。鹿の剥製といい、コンビの靴といい、ジャズファンの物欲とは屈折したものである。

 このサウンドトラック盤は、いわゆるジャズサウンドとはちがうけれど、演奏じたいの出来はすこぶる良くて、年に何回かは無性に聴きたくなる。

 ジョージ・オールドのテナーによるタイトル曲は入魂の演奏だし、ライザ・ミネリの唄う「ザ・マン・アイ・ラヴ」や、「ジャスト・ユー、ジャスト・ミー」、「ワンス・イン・ア・ホワイル」なども、じつに感動的なのだが、同時にあの盗られたウィングチップのことを思い出す、ほろ苦い青春の一枚なのです。

【収録曲一覧】
1. Theme From New York, New York
2. You Brought A New Kind Of Love To Me
3. Flip The Dip
4. V.J. Stomp
5. Opus Number One
6. Once In A While
7. You Are My Lucky Star
8. Game Over
9. It's A Wonderful World
10. The Man I Love
11. Hazoy
12. Just You, Just Me
13. There Goes The Ball Game
14. Blue Moon
15. Don't Be That Way
16. Happy Endings
17. But The World Goes 'Round
18. Theme From New York, New York
19. Honeysuckle Rose
20. Once Again Right Away
21. Bobby's Dream
22. Theme From New York, New York
23. Theme From New York, New York

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