やっと暖かくなってきた。明るい陽射しの差し込む店内に、ジョージ・ベンソンの『ギヴ・ミー・ザ・ナイト』が流れると、新緑の香りといっしょに、なんともいえない甘酸っぱい嬉しい気持ちがこみあげてくる。
1980年に発売された『ギヴ・ミー・ザ・ナイト』は、ちょうどわたしの青春時代を象徴するように、都会的で、メロウで、洗練されていて、カッコイイ。素肌にVネックのセーター。ゴールドのネックレス。
パティ・オースチンとのデュエット、ジェームズ・ムーディのアルト・ソロに歌詞をつけたヴォーカリーズ「ムーディーズ・ムード」が秀逸だ。
最近読んだエレン・ランガー著『ハーバード大学教授が語る「老い」に負けない生き方』(アスペクト出版)という本に、興味深いことが書いてあった。1979年に、70~80代の高齢者を集めて、「20年前に戻ったつもり」で生活させるという実験を行ったそうだ。ニューハンプシャー州にある修道院を改修し、1959年当時の世界をそこに再現した。一週間のあいだ20年前の洋服を着、白黒テレビで「エド・サリヴァン・ショウ」を観たり、ラジオから流れるローズマリー・クルーニーやナット・キング・コールの歌声を聞いて生活した高齢者たちは、体力・聴力・その他見た目にいたるまで、多くの測定基準で実際に「若返った」という。
わたしが毎年、暖かくなってくるとジョージ・ベンソンを聴き、嬉しい気分になるというのも、これと同じ「若返り効果」なのかもしれない。
音楽には、忘れていた記憶を呼び戻す効果があるというけれど、それは必ずしも高尚なものである必要はない。むしろチープで、当時毛嫌いしていたようなものが、記憶の扉を開ける鍵になっていることもある。
ところで、オーディオマニアは、昔を懐かしむために、音楽をよりよい音で聴きたがる傾向がある。懐かしむのなら、当時聴いてたような音質のほうがいいような気もする。でも、よい音のほうがより鮮やかに記憶が蘇えるような気がする。そんなものである。
ジョージ・ベンソンはまだ生きているけれど、オーディオシステムには、時代を遡ったり、死人を蘇生したりするタイムマシーンのような側面もあるのだ(だからオーディオは高い?!)。
過去は戻ることができない、かけがえのない時間だから、思い出の品とか、レコード等、過去の時間を閉じ込めてあるものに対しては、手に入るものならいくらお金を積んでも手に入れたいと思う人は少なくないだろう。それは限りなくパーソナルなもので、客観的に価値があるとかないとか、芸術的に優れているとかいないとか、そういう問題を超越してしまっている。趣味と呼ばれるものの究極は、おそらくここに辿り着くのだろう。
いっそ当店も、この際流行は一切無視し、『ギヴ・ミー・ザ・ナイト』発売の30年前に戻ったつもりで、髪型も当時流行った「テクノカット」で切りまくったり、素肌にVネックセーターをユニフォームにしてやろうかと思うが、毛が入ってチクチクするのでそれはできない。
【収録曲一覧】
1. Love X Love
2. Off Broadway
3. Moody's Mood
4. Give Me The Night [Original Album Version]
5. What's On Your Mind
6. "Dinorah, Dinorah"
7. Love Dance
8. Star Of A Story
9. Midnight Love Affair
10. Turn Out The Lamplight