今も昔も男の苦難は一緒。不倫相手の妊娠に、跡目争い……現代のサラリーマンにも身を置き換えられる泥沼を描いた浄瑠璃がある。どんな物語なのか、次世代を担う文楽太夫の一人、豊竹咲甫大夫さんが紹介する。

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 先日、お亡くなりになった三代目桂米朝師匠が得意とされていた噺に「胴乱の幸助」という上方落語があります。

 大阪の街で喧嘩を見つけては仲裁に走る正義感の強い男が、ある日通りがかった浄瑠璃の稽古屋の前で、「親じゃわやい」「あんまりじゃわいな~」という嫁イジメの台詞を耳にします。それを本物のもめ事と勘違いし、仲裁しようと、浄瑠璃の舞台である京都まで行ってしまうというマヌケなお話。

 この浄瑠璃が、五月に東京の国立劇場小劇場で上演される「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」です。一七七六年の初演後、大阪や京都の庶民の間で「お半長」という呼び名で親しまれていた名作です。

 このお話は、京都の帯屋の主人・長右衛門が隣の信濃屋の娘・お半と不倫する泥沼な筋立て。当時の帯屋とは帯を売るわけではなく、顧客の欲しい物を代理で探したり、為替を扱ったりする、御用商人に近い商売です。長右衛門の帯屋は遠州の大名屋敷に出入りしていたことから、それなりの格があったと推測できます。その帯屋の主人というポストが一度の不倫で脅かされます。

 まずは、お半に片思いする信濃屋の丁稚(でっち)に、長右衛門が大名から預かっていた大切な脇差しを偽物とすり替えられます。帯屋ではさらに、長右衛門の継母とその連れ子がこれ幸い店を乗っ取ろうと、不倫話に輪をかけて、店の金をくすねたと騒ぎ立てる始末。長右衛門の妻であるお絹が機転を利かせて事なきを得たものの、一夜限りの過ちでお半は妊娠してしまいました。

 
 原案となった実際の事件は、長右衛門が殺されて店の金を盗まれる強盗殺人事件でした。しかし、桂川から長右衛門とお半の死体があがったことから、世間で心中として騒がれ、浄瑠璃に脚色されました。江戸中期は「曾根崎心中」や「冥途の飛脚」など心中物が人気を博していましたので、作者も心中物にした方が面白いと判断したのでしょう。

 とはいえ、長右衛門にしてみれば、不倫はお半が勝手に布団に潜りこんできたハニートラップのようなもの。そのうえ、お半を巡る男の嫌がらせ、ビジネスの跡目争い、不倫相手の妊娠と、格好のワイドショーネタが一気に押し寄せてきたわけですから、八方塞がりに陥ったはずです。

 長右衛門は四十近く、お半は十四歳でした。現代に置き換えると社長と新入社員の距離感? 五月は歓迎会が終わって、互いに少し打ち解けてきた頃。一度のコンプライアンス違反で出世競争のライバルたちにつけ込まれますので、「桂川連理柵」をご覧になって、いま一度気を引き締めてはいかがでしょうか。

 私が務めるラストの道行朧(おぼろ)の桂川では、長右衛門が見出しの言葉を漏らします。四月で四十歳になった私も他人事にあらず(笑)。気を引き締めて語りますので、ご期待ください。

豊竹咲甫大夫(とよたけ・さきほだゆう)
1975年、大阪市生まれ。83年、豊竹咲大夫に入門。86年、「傾城阿波の鳴門」おつるで初舞台。今回の「桂川連理柵」では道行朧の桂川の長右衛門を務める。

※「桂川連理柵」は5月9~25日、東京・国立劇場小劇場。午後4時開演。料金や空席状況の詳細は国立劇場チケットセンター(ticket.ntj.jac.go.jp)。

(構成・嶋 浩一郎、福山嵩朗)

週刊朝日 2015年5月8-15日号