先月、都内で「自分史フェスティバル」が開かれ、自分史の講座や自費出版サービスの紹介、執筆者の発表会などがあった。前年を約500人も上回る2100人が来場し、ブームの過熱ぶりをうかがわせた。

 実行委員長の高橋厚人・一般社団法人自分史活用推進協議会理事は「『関心はあるけど、私が書く価値なんてあるだろうか』と躊躇している人がまだまだ多い」と話す。そんな実情を踏まえてか、講演したノンフィクション作家の立花隆さん(74)は「とにかく書いてみる。書けば、何のために書くのかが見えてくる。誰に読ませたいのかもわかってきます」と力説した。

 日本で最初に自分史の執筆を広く提唱したのは、歴史家の色川大吉さん(89)だ。1975年の著書『ある昭和史 自分史の試み』(中央公論社)で、個人の歴史を描きつつ、同時代の全体状況を浮かび上がらせる試みとして紹介した。

「歴史は少数の偉人や英雄のものじゃなく、多くの民衆の力でつくられてきた。つまり、歴史を物語る主体は、みなさん一人ひとりですよ、と言いたくて、『自分史』を打ち出したんです」

 と、振り返る。

 以後、自分史は広く定着し、広辞苑にも掲載された。書店には今、『自分史の書き方』『自分史ノート』といった書籍がズラリと並ぶ。最近の人気の一因には、かけがえのない人生を後世に残すだけでなく、「自分の内面を見つめ直す機会になる」という考え方もある。とはいえ、自分史の元祖である色川さんは少し辛口だ。

「自己中心史や自慢史に陥ってはダメ。単なる体験記や家族史でも物足りない。社会や時代と結びつけて書いてほしいんです」

 書く前の準備段階で、日記や写真、手帳などを用意するのはイロハの“イ”。色川さんは「ぜひ、時事年表や新聞の縮刷版も参照してほしい」と訴える。いきなり本文を書くのではなく、まず世の中の動きと自分の半生を重ねた年表を作るのだ。そうすれば、進学・就職結婚など人生の一大事に、世の中がどんな様子だったかが見えてくる。

 立花さんも自著などで、「年表さえできたら(自分史の)半分はできたようなもの」と強調する。

「生活のリアリティーって大事です」と話すのは、朝日新聞で自分史を主題にした小説「マイストーリー 私の物語」を連載中の作家、林真理子さん(60)だ。

「(書いている時代の)生活史を調べるといい。当時の豆腐の値段や給料を細かく書くと、へーって面白がられる。やっぱり少しは取材しないと、思い出だけで書ききるのはつらいですよ」

 前出の自分史活用推進協議会の高橋理事によると、せっかく書き始めても挫折する人は多い。生まれたときのことから書き始めて、途中で疲れてしまうケースが目立つらしい。

 そんな“挫折組”の解決策として、今年2月に『自分史ときどき昭和史』(岩波書店)を刊行したイラストレーターの山藤章二さん(77)は、こんな提案をする。

「強く印象に残っていることから順番に書くといいです。記憶が鮮明であれば速く書けるし、当時の言葉や情景をディテールまで描写できる。映画でいえば一番の見せどころ、名場面をまず作ってしまうわけです」

週刊朝日  2014年10月3日号より抜粋