リーン、リーン……。初秋の夜、窓の外で鈴虫が奏でる鳴き声に耳を傾けながら、女性は紅茶のカップを手に、北欧製のチェアに腰を下ろす――。

 この女性、実は記者の母(79)だ。自分の娘が執筆した「実家のかたづけ」特集に一念発起し、先送りにしてきた自室のかたづけに着手。その結果、実現したのが冒頭のシーンだ。

 6年前、築40年の実家を建て替え、親子2世帯で同居し始めた。チェアはこの時、母自身が購入したのだが、一度も組み立てられることなく、廊下の片隅で“塩漬け”状態に。この日、初めて日の目を見た。

 母の背中を押してくれたのは、「片づけ上手塾エグゼカレッジ表参道校」代表理事の渡部亜矢さん(48)だ。かたづけのノウハウ伝授や講師育成、かたづけ代行(1時間5400円〈税込み〉~)などに取り組む。40~50代の子ども世代と60~80代の親世代の溝を埋める「大人片づけ」を提唱する人物だ。

「年を重ねるにつれて物は増えますが、気力や体力は衰える。このギャップを子どもたちがうまく補うことが大事。心して手伝ってくださいね」

 そう助言された記者は傍観者でいられるはずもなく、否応なく巻き込まれることに。だが、母と記者の口から同時に出たセリフはこれだ。

「どこから手をつけていいか、わからないんです!」

 建て替えの際に数トンにものぼる物を処分したはずだが、当初から、母の部屋は段ボール箱や衣装ケースなどがオーバーフロー気味だった。

 さらに母には、小物や書類などを、ひとまず手提げの紙袋にまとめておくという悪い癖がある。そんな“謎の紙袋”は6年という歳月をかけ、確実に増殖してきた。

「押し入れや、書類、手紙、思い出の写真類などは、こまごま箱を開けたり見返したりして時間がかかるので、後回しに」と渡部さん。

 まず見た目に圧迫感があり、その分、かたづけた時に達成感が得やすいハンガーラックやクローゼットの衣類の整理からとりかかることになった。今月に入って暑さも和らぎ、衣替えの時期も迫る。ちょうどいいシーズンだ。

 一人で作業する時は、いったんすべての洋服を外に出して、どんなものがあるかを把握するのも手だが、今回は“親子かたづけ”だ。助っ人となる子どもが1点ずつ衣類を出して母に見せながら「いる・いらない」を判断してもらうことにした。判断にかける時間は基本、3秒ルール。

 すると母はいきなり「どうしようかな。まだ着るような気もするし……」と揺れた。すかさず渡部さんが「迷った時は『一時保管ボックス』ですよ」とアドバイスした。

 その「一時保管ボックス」とは迷った時のための箱で、捨てるか否か、その瞬間に決められないものを入れて、ふたを閉めたら日付を記入しておく。その後、半年から1年の間に一度も開けなかったら「今の自分には必要がない」と処分を再検討。事前に段ボール箱や衣装ケースなどを用意するが、「なるべく数個に抑えましょう」と渡部さんが言う。

 母は一時保管ボックスのおかげで気が楽になったのか、それからは衣類のかたづけが予想外にスムーズに進んだ。開始40分で、処分する衣類がパンパンに詰まったゴミ袋(45リットル)が二つできた。

週刊朝日  2014年9月26日号