画家の安野光雅さんが、天皇、皇后両陛下の歌133首を選んで文章を綴り、花のスケッチ30枚を書き下ろした作品『皇后美智子さまのうた』が6月6日に出版された。これを受けて、安野さんが、女優の檀ふみさんと対談した。
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檀:昨年は先生が描かれた「御所の花」の展覧会を、見せていただきました。わが家にも咲いている野草なのに御所の花はずっと上品な気がしました。全部で何枚ぐらいお描きになったのですか。
安野:全部で130枚だったと思います。御所には自然がいっぱい残っています。何回も行きましたが、花は時間が経つと光の関係で、すぐに動いてかわるので、スケッチもしますし、カメラでも撮影します。花を宮内庁の方に採集してもらって、ペットボトルに入れてアトリエに戻るのです。しおれる前に水を補給するなどします。東京の真ん中にあんな自然があるのは、不思議でしたが、天皇陛下はじめ、たくさんの方々の努力の結果だと知りました。
檀:わたしも御所に伺ったことがあります。数年前、NHKのBSで「日めくり万葉集」という番組があって、ナレーションを担当していました。するとあるとき、宮内庁から電話があって、「両陛下とお茶をご一緒に」と侍従を名のる方がおっしゃるんですね。わたしは目覚ましいことをした覚えは何ひとつないのでわけがわからない。でも「檀さんと作家のリービ英雄さんとで」とおっしゃるので、あ、これは「万葉集」がらみかな、と。ひょっとして両陛下が「日めくり万葉集」をごらんになっているのかもしれないと、ワクワクして伺いました。
御所では、皇后美智子さまからお話がありました。「毎朝、陛下と一緒に散歩をしていますが、(放映に)気がついてからは万葉集が大好きなので、始まる時間には急いで戻るようにしていますの。檀さんは、歌によって区切り方を変えてらっしゃるでしょ。あれはどのようにされているのですか」
上品なお言葉でした。実は、歌の区切り方は、毎回、カンカンガクガクの末に決めているので、そこまで深くごらんになっていらっしゃるのか、とびっくりいたしました。
安野:短歌の読み方は難しいけれど、檀さんはとても気品があります。わたしがあの番組で挙げた好きな万葉集の歌は、「石(いわ)走る垂水(たるみ)の上のさわらびの萌(も)え出づる春になりにけるかも」「むささびは木末(こぬれ)求むとあしひさの山の猟夫(さつを)にあひにけるかも」の二つでした。
檀:安野先生はいちばんはじめの選者でしたから、本当にお好きな歌を選べたんです。早い者勝ちで、あとの人はどんどん選ぶのが難しくなる。長く続いたので、いつからか重複しても構わないということになりましたけど。
失礼かとも思ったのですが、皆さまのために蛮勇をふるって(笑)、両陛下は、万葉集ではどの歌がお好きですかとお尋ねしてまいりました。天皇陛下は少し考えられて、柿本人麻呂が歌った、
「東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ」
皇后美智子さまは、いくつもおありのようでしたが、
「たまきはる宇智の大野に馬並(な)めて朝踏ますらむその草深野(ふかの)」
を挙げてくださいました。
※週刊朝日 2014年6月20日号より抜粋