経済政策として、インフレを目指す安倍政権。モルガン銀行東京支店長などを務めた藤巻健史氏は、イタリアやスペインを例に出し「正しい経済政策だとは思えない」と主張する。

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 長男ケンタが大学入試のとき、帰ってくるなりほざいたことがある。「先祖とは子孫を守るのが使命だろう。足を引っ張るとはなんだ~!」。某大学の古文の試験で明治時代の蘭学者・哲学者の西周(あまね)男爵の文章が出たのだが、意味不明で全く点が取れなかったそうだ。

 実は、藤巻一族の石川升子が嫁いだ先が西周だという話に過ぎない。全く大した関係ではないのだが、それでも「西周と無関係ではない」というだけで10円切手には多少の愛着がある。西周が10円切手の肖像になったことがあるからだ。

 だからインフレは困る。10円切手が無用になってしまう(笑)。

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 安倍政権は「2%のインフレ」を政策目標としている。景気低迷の理由がデフレだと思っているからだ。しかし、デフレを脱却さえできれば本当に景気は良くなるのだろうか? 「景気とインフレ」は、高校時代に習った「必要条件と十分条件」の関係だと、私は思っている。「逆も真なり」とは、必ずしも言えないのだ。景気が良くなれば、間違いなくインフレになるだろう。モノやサービスの需要が供給を上回るだろうから値段が上がるのだ。しかし、逆に「インフレになれば必ず景気が良くなるか?」といえば疑問なのだ。もしそうならば、「スタグフレーション」(景気低迷下のインフレ)という言葉なぞ存在しないはずだ。

 それでも、安倍首相が「インフレこそ経済回復のオールマイティーの手段だ」と思うのなら、値上げが簡単な公共料金を20%ほど上げてみればよい。間違いなくインフレになるだろうが、景気は良くなるはずがない。かえって悪化するだろう。

 2011年のイタリアはCPI(消費者物価指数)の上昇率が2.8%、スペインは3.2%の堂々たるインフレだが、失業率が高く景気低迷で苦しんでいる。

 このような「必要十分条件」の関係に関する誤解、すなわち「原因と結果」の誤解は、「円高・円安論議」の際にも、しばしば見受けられる。経済学では「国力が強くなるとその国の通貨は強くなる」と教えている。しかし、逆に「通貨が強くなれば国力が強くなる」わけではない。

 インフレは結果であって、景気回復の原因とはならない。景気回復をした結果として穏やかなインフレが起こることが重要だ。景気回復を図るためには、『一定金額』までの外貨預金の『為替益』を非課税とする「マル外(がい)」などの税制やその他の方法で円安を推し進めなければならない。

 私の大学時代は1ドル=360円だったのに、一昨年は1ドル=76円というとんでもない円高をつけた。日本人の労賃、輸出するモノ、農産物などの値段が外国製に比べて4倍にもなってしまったわけだ。隣の店が値段を4分の1に下げれば、宣伝や陳列方法の改善などチマチマした改革をやっても勝てっこない。値下げが必要不可欠なのだ。

 為替は値段そのものである。円安進行によって国際競争力を回復させ景気を上向かせる。その結果、穏やかなインフレが進行する。それが正しい経済政策だと私は思う。

 景気を持ち上げられるのに、一番強力で簡単な円安政策をなぜ取らないのか? 今後とも国会で追及していきたいと思っている。

週刊朝日  2014年5月9・16日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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