膵(すい)がんは年間約3万人が発症するが、早期発見が難しく、手術を受けられるのが3割程度にとどまる。根治を見込める治療法は手術に限られ、生存率の低さが課題となっていた。近年、治療における選択肢が増え、根治や長期生存の期待が高まっている。

 注目されているのが術前治療だ。手術の前に、抗がん剤や放射線による治療で腫瘍を小さくして、手術による腫瘍摘出をより確実にするもので、複数のがんで実施されている。特に膵がんの場合は根治を望めるのが手術であるため、術前に腫瘍を小さくできれば、メリットは大きい。ただし、術前治療中にがんが進行したり転移したりして手術ができなくなるかもしれないというデメリットもある。

 現時点では、まだ治療効果の科学的根拠が明らかになっていないため、標準治療として認められていない。現在、有効性を確かめる臨床試験が進んでいる。

 京都府在住の主婦、瀬戸佐和子さん(仮名・62歳)は、10年の秋ごろ、黄痘(おうだん)が出たため、近所の病院でエコー(超音波)検査、CT(コンピューター断層撮影)検査などを受けると、膵臓(すいぞう)の膨らんだ部分(膵頭=すいとう=部)にがんが見つかった。消化管から肝臓へ向かう血管(門脈)にがんが浸潤(しんじゅん)していたため、手術をしてもがんを取り残す可能性が高かった。担当医は、自身が手術の勉強で頻繁に訪れていた大阪府立成人病センター消化器外科の高橋秀典医師に、瀬戸さんを紹介した。

 高橋医師は、画像診断と細胞診をおこない、がんが周囲の主要な血管や臓器に浸潤したステージIVa(がんの進行具合I~IVbの5段階中4段階目)と診断。術前に抗がん剤と放射線治療を実施することにした。同科では02年から実施しており、現在までに約400例の実績がある。

「当院では多くの実績がありますが、標準治療ではないことや、腫瘍を小さくして手術で取りきりやすくなるメリットと、放射線により胃痛や食欲不振といった合併症が起こるデメリットを説明したうえで、治療を開始しました」(高橋医師)

 瀬戸さんは、10年の暮れから、放射線治療を5週間実施するのと並行して、従来の標準治療であるゲムシタビン(ジェムザール)による抗がん剤治療を開始した。放射線治療終了後は、抗がん剤治療のみを8週間、地元の病院に戻って受けた。すると、膵頭部の腫瘍と、門脈が変形するほど広がっていた腫瘍は大幅に縮小した。そこで11年4月に手術をおこない、膵頭十二指腸切除と門脈切除再建、リンパ節郭清(かくせい)により根治切除ができた。

「手術後は、肝灌流化学療法という直接肝臓へ高濃度の抗がん剤を注入する治療を約4週間当院で実施し、その後は、地元の医師のもとで、術前でよく効いたゲムシタビンによる補助化学療法を実施しました」(同)

 治療が終了した1年後からは、地元の病院と同科で定期的に経過をみているが、ほぼ3年経過した現在も、瀬戸さんは、再発せず元気に生活している。

「術前化学放射線療法は、原則的にはステージIIIからIVaで、肉体的に耐えられる人に適応します。切除可能な膵がんで、いきなりの切除では再発の危険性が高い患者さんに対し、根治の可能性を高めるために実施しています」(同)

 一方、手術ができるかどうかボーダーラインの患者も、抗がん剤治療あるいは抗がん剤に放射線を併用することで手術可能にできないかという考え方も模索されている。がんが動脈やリンパ節に転移していても手術で根治できる可能性があるボーダーラインの症例に対して胃がんなどで広く使われる抗がん剤TS-1投与と放射線治療を併用して、切除可能になれば手術をするという試験が、国立がん研究センター東病院を中心に、県立静岡がんセンター肝・胆・膵外科の上坂克彦医師らも参加して、現在おこなわれている。

「ステージIV期は、IVaとIVbに分かれていますが、切除可能と切除不能は混在しています。切除可能、切除不能、ボーダーラインの三つに分類して、ボーダーラインを、手術可能にできるかどうかを検証する試験です。この結果いかんでは、手術の適応が広がる可能性があります」(上坂医師)

週刊朝日  2014年4月11日号