哲学者 内田樹
哲学者 内田樹
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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 権藤成卿という農本主義者がいる。その『君民共治論』が復刻されることになり、解説を頼まれて書いている。権藤は国家主義、官治主義、資本主義を鋭く批判し、農村共同体を基盤とした「社稷(しゃしょく)」共同体による自治を理想とした。黒龍会に参加し、韓国の李容九や中国の孫文・黄興らと連携してアジア革命のために奔走した壮士である。

 権藤が構想した「鳳の国」は貧しい韓国人を旧満州に集団移住させて、半島から沿海州、蒙古にまで広がる自治と共和の理想郷を作るという壮大なものであった。日中韓に少なからぬ支援者を得たが、計画は日韓併合によって頓挫した。それでも、権藤の説いた社稷主義と大アジア主義は昭和初期まで少なからぬフォロワーを生み出し続けた。

 解説を書くために、このところ大アジア主義者たちの書き物を読んでいる。初期の手触りのやさしい素朴な理想主義が、例外なくある時点でアジア侵略を合理化する帝国主義イデオロギーに転化する。なぜ貧しく弱い隣国民への真率な友情が、支配と収奪のための冷徹な政略に変質してしまうのか。それについてずっと考えているうちに一つの仮説を得た。

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