『裁判長!死刑に決めてもいいすか』(朝日新聞出版)など多数の著書があるフリーライターの北尾トロ氏。生まれたばかりの子どもを公園に遺棄した事件の裁判傍聴記をこう記す。

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 生まれたばかりの子どもを公園などに捨てたとして、30代前半の夫婦が保護責任者遺棄罪に問われた事件を傍聴した。初公判と判決にはTVカメラが入り、世間の注目を集めた事件だ。

 熊本市の慈恵病院では、日本で唯一、やむにやまれぬ事情で育てられないと判断した新生児らを匿名で養子に出す“赤ちゃんポスト”いう制度を採用している。これには賛否両論あるが、生まれた子どもに罪はなく、つぎつぎと新生児が預けられるわけでもない。責任問題云々ではなく、たとえ望まぬ子どもであっても、産んだ以上は育てたいと思うのが親というものなのだ。

 しかし、なかにはそうじゃない親もいる。“赤ちゃんポスト”どころか、この事件の被告夫婦は、外に置き去りにしてしまったのだ。しかも何人も。裁判に先立ち、裁判長はこう言った。

「(複数の子どもを遺棄したので)長女、次女、長男、次男という呼び方で審理を進めます」

 どうしてそんなことをしたのか、できたのか。その事情とやらを、順を追って聞いてみよう。

 
 発端は長男の死にあると夫婦は声を揃える。

 ふたりは2001年に結婚。夫19歳、妻17歳の若夫婦だった。夫は中学在学中から窃盗などで少年院入りを繰り返し、前科こそつかなかったが前歴5件。当時の仕事は新聞配達員だった。風俗店で働いていた妻と知り合い、客と従業員の関係から恋愛に発展したという。翌02年には長男を授かり、サラ金の借金がかさんで経済的には苦しかったが、それなりに充実した暮らし……ではなかったのである。結婚当初から夫は妻の収入(月収は20万~25万円)を当てにし、仕事をやめてヒモ状態。せっせとパチスロに通う日々だった。

 とはいえ夫日く、長男への愛情はあったという。生後2カ月半の息子が生きている間は。

「あの日は夜10時に寝て、12時に1回目のミルクを私があげ、明け方、妻に起こされました。息をしてないと。長男は仰向けで顔が真っ白でした」

 妻は(泣き声が)うるさいから夫がうつぶせにしたと取り調べで述べたが、そこは頑強に否定。救急車を呼ばなかった理由についてこう釈明する。

 
「亡くなって4時間くらい経っていたかと。自分たちが異変に気がつかなかったから死んでしまったと思い、殺人者にさせられるのではと怖くなりました。人間が何もないのに死んじゃうなんてあり得ないから」

 少年時代、警察の世話になったとき、共犯者なのに万引きの主犯にされたことが頭をよぎったそうだ。結果、素早く決断を下す。

 バレないように捨てればいいじゃん。

 え、どうしてそうなる?

「交代でミルクを与えたりしなければならず、睡眠不足で考えられなくなっていました。いま考えると、捨てたときはちょっとパニックになってましたね、はい」

 出生届は出していたものの、1カ月検診も受けておらず、夫婦とも親と疎遠。公的支援について調べた様子もない。妻もなあ。夫が捨てようと言ったからって素直に従うことないだろう。捨て方も雑。死体をビニールに包み、雑木林のある公園まで運び、埋めたら終わり。夫はその後、平然とパチスロに行っている。

 
 この遺体は警察も発見できておらず、騒ぎにもならなかった。それで安心したのか、夫は長男のことをなかったことにし、前と変わらぬヒモ生活に戻ってしまう。死亡届を出していないから、いずれ困ることがあるかもしれないが、それはそのとき考えればいい。引っ越しすればとりあえず人生はリセットされる……。

「(子どもを育てる能力が)なかったと思います。長男は普通に育てようと思ってたんですけど……実際、無理があった」

 長男を失った経緯と心情を他人事みたいに話す夫。歯切れの良すぎる口調に底知れない冷たさを感じる。被告人質問の最後に、たまりかねた裁判長が言った。

「あなたの話を聞いていると、罪の意識が感じられないんですよね」

 慌てた夫が取り繕う。

「子どもたちには申し訳ないことをしました」

「どうやって子どもたちに償うんですか?」

 
「どうやってと言われても……」

「捕まって2カ月半。その間、償い方を考えたことはありますか?」

「ない、です」

 夫の答えは、どこまでも軽い。

 でも、冷酷な夫婦の本領発揮はここからだ。04年、妻が次男を出産するのである。悪いことはしたけれど、どうしても夫婦の愛の結晶がほしい。今度こそ大事に育てたい……、というような殊勝な気持ちは微塵(みじん)もないのですね。風呂あがりにぐったりした次男を病院に連れて行き、住民票を提出するように言われると、長男のことがバレるのを恐れ、次男を病院に置き去りにするのである。考えたことはひとつ。逃げろ!

 この夫婦は、子どもが目の前からいなくなれば即座に頭を切り替えられる。特殊な能力を有しているのではなく、何も考えないのだ。産んだらどうなるか想像しないし、子育て能力がないと自覚していながら避妊も中絶もしない。

 妻は多少、良心がとがめたようだが、どうしていいかわからず夫に従った。ふたりの関係は夫が絶対権力者で、妻が服従者。幼い頃から家庭でも学校でも孤立してきた妻は、人に反抗することができない性格。夫から捨てられることを最も恐れていた。勾留され、夫と離れたら、捨てた子どもが夢に出てくるようになったらしく、現在は精神安定剤を処方されている。

 だからといって同情する気になれないのは、余罪がまだあるためだ。反省知らずの夫婦は、さらに子どもを作り、さらに捨てまくるのである。

週刊朝日 2014年2月28日号