東京・中野の住宅街にある「素顔館」。一見普通の写真スタジオだが、“遺影専門”というユニークな特徴を持つ。
館長の能津喜代房(のづ・きよふさ)さん(61)は、広告写真の最前線で活躍していた写真家。還暦を機に、この写真館を開業した。
「人の葬儀に参列するたび、寂しい遺影写真が気になっていました。小さな写真を無理に引き伸ばしたものも多い。なぜ元気なうちに撮っておかないのか、漠然と思っていました」
そんな能津さんも義父が亡くなった時、いい写真が手元になく、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「そこで、帰省時に両親の写真を撮ったんです。そのことがとてもよかった。僕自身がこんなにうれしいなら、他の人もきっと喜んでくれるに違いない」
能津さんの気持ちとは裏腹に、商業写真館では、遺影写真はタブー視されることもあるという。
「いい遺影写真は葬儀のお飾りではなく、残された家族が見続ける写真で、宝物のようなもの。いい遺影写真は、ひと目でその人の元気な姿が浮かび上がってくる。だから、とりあえず今日の元気な一枚を撮っておくくらいの気持ちでいいんです」
今までに能津さんが撮影したのは約3千人。じっくりと会話を交わして緊張をほぐし、自然な表情を引き出していく。能津さん自身、人となりがわからないとその人らしさを写し取れない、とも考える。
「ある人が別の写真館で肖像写真を撮り、本人はその写真を気に入っていました。でも、10歳の孫に『これはおじいちゃんじゃない!』と言われ、撮り直しに来られたこともありました。その肖像写真はよく撮れていたのかもしれないけど、その子からすればおじいちゃんらしさが感じられなかったんでしょうね」
葬儀後、遺影写真は居間などに飾られるが、写真はやがて色あせる。そこで能津さんは、写真をセラミックに焼き付ける手法を模索している。
「100年後も残るもの。撮った写真を見続けてもらえるなんて、写真館としてこれ以上幸せなことはありません」
※週刊朝日 2013年9月20日号