「憲法を変えるなどもってのほか」――。アニメ映画「風立ちぬ」が公開されたばかりの宮崎駿監督が、スタジオジブリ発行の小冊子「熱風」で、憲法改正に断固反対する考えをつづっている。長らく控えてきた政治的発言を、今なぜ語るのか。
宮崎監督は普段から戦争を肯定する考えには強い嫌悪感を示しながらも「政治については、あまり発言したくない」と話していたという。だが、編集部が「ジブリの中核である宮崎さん、映画プロデューサー鈴木敏夫さん、アニメーション映画監督の高畑勲さんの3人にそろって(「熱風」の憲法改正特集に)登場してもらいたい」と説得すると、「それなら、できるだけカットせずに載せてほしい」と応諾した。
宮崎監督の寄稿文は「もう少し早く生まれていたら軍国少年になっていた」という小見出しから始まり、終戦時に4歳だった自身の体験談で口火を切る。
〈僕は「自分の命よりももっと大事な大義があるんじゃないか」とか、「そのために死ぬんだ」と思って、そっちの方へ、ガーンと行ってしまうタイプの人間なんです。もうちょっと早く生まれていたら、絶対、熱烈な軍国少年になっていたはずでした。さらにもっと早く生まれていれば、志願して、戦場で慌ててすぐに死んでしまうような人間です〉
そして、自民党が主張する憲法96条の改正に真っ向から反対した後、自衛隊について言及する。
〈もちろん、憲法9条と照らし合わせると、自衛隊はいかにもおかしい。おかしいけれど、そのほうがいい。国防軍にしないほうがいい。職業軍人なんて役人の大軍で本当にくだらなくなるんだから。
とにかく自衛のために活動しようということにすればいいんです。立ち上がりは絶対遅れるけれど、自分からは手を出さない、過剰に守らない〉
徴兵制についても厳しく批判する。
〈「徴兵制をやればいいんだ」というようなことを言う馬鹿が出てくるんです。その人たちは僕より下のはずだから自分が徴兵されてひどい目に遭ったことのないはずの人たちです。そういう人たちには、50歳でも60歳でも「自分がまず行け」と言いたいです〉
「熱風」に寄稿したこともある児童文学に詳しい翻訳家の金原瑞人さんは、宮崎監督の少年時代を踏まえ、こう語る。「映画の大半に、飛行機への異常ともいえる執着があり、ヒロイックな少年少女が出てくる。同時に、空を飛ぶことへのあこがれを抱くセンチメンタルな少年少女も登場する。ただし、そういう心情を軍国主義的な方向に持っていかず、平和主義的な方向に導いているのが宮崎監督の特徴です」。
金原さんは、この特徴が今回の憲法改正特集にも通じているとみる。例えば宮崎監督が寄稿の終盤で、仕事場の隣に保育園をつくったことに触れ、「チビたちがぞろぞろ歩いてるのを見ると、正気に戻らざるを得ない」と述べるくだりだ。マイナスの方向に行きそうになる日本の針路をプラスに変えたいとの思いがにじみ出ていると指摘する。
「熱風」でサブカルチャーの歴史について連載している批評家でまんが原作者の大塚英志さんは「ジブリは反原発を鮮明に打ち出すなど、モノを言うことに躊躇(ちゅうちょ)しない集団。特集は極めて自然」と話す。そのうえで宮崎監督作品と憲法9条との関係を解き明かす。
「『風立ちぬ』は、高畑監督の『火垂るの墓』への回答なんです」
高畑作品は現代の子供があの時代に行ったらどう行動するかを想定して描かれている。対して、宮崎作品は戦闘や殺傷場面は描かない代わりに、主人公の青年が迫りくる戦争の足音を敏感に感じ取る場面を描くことで、戦争を想像する重要性を訴えていると指摘する。
「どちらも戦争に対する想像力を現代にどう伝えていくかがテーマ。憲法9条は、日本人にとって、太平洋戦争の記憶を現代に伝えていくための、戦争を感知する想像力の枠組みになってきた。その9条がないがしろにされ、否定されようとしている危機感が宮崎監督やジブリの人たちにあったと思います」
この特集に若い読者から「読みたいが手に入らない」との声が数多く届いたため、7月18日から、スタジオジブリのホームページ上にPDF形式で公開している。
額田久徳編集長は「『風立ちぬ』のような戦争に突入していく時代が再び来ないよう、この特集が憲法について考えてもらうきっかけになればいい」と話す。参院選が自民党の圧勝で終わり、憲法改正への流れがますます勢いを強めそうな気配に、宮崎監督の危機感はさらに深まっていきそうだ。
※週刊朝日 2013年8月2日号