劇団☆新感線の事務所で、『ZIPANG PUNK ―五右衛門ロック・―』の台本のチェックをしていると、みんな何やら慌ただしくしています。
 どうしたのと聞いてみると、その日が劇団、本谷有希子の『遭難、』の再演の初日だったのです。
 いけないいけない。自分の仕事にかまけてすっかり忘れていました。
 劇団、本谷有希子は、劇団☆新感線と同じヴィレッヂという会社が制作をしているのです。
 今回の公演は、稽古開始後、体調不良で主役が降板した為、大変だったということは耳にしていました。主役の女性役を菅原永二さんに頼むというアクロバット的キャスティングで、再スタートを切ったということも。
 幸い仕事が早めに終わったので、駆け込みで『遭難、』の初日を観劇してきました。

 主役の里見先生は、自分を守るためにならどんな嘘だろうとつくし、相手を脅迫することも厭わない女性。本谷有希子さんが描く痛い人間達の中でも、その行き過ぎ方は際立っています。
 一言でいえば、とにかくひどい女性。
 初演ではナイロン100℃の松永玲子さんが演じていましたが、彼女の当たり役の一つだと僕は思っています。
 特に序盤、一見とても落ち着いていて人の気持ちがよくわかる、いい先生に見えていた彼女が、一気にその本性を現していく過程はどこか爽快感があるほどで、本谷作品の中でも好きな一本です。
 今回の菅原永二さん演じる里見先生は、初演で感じたいたたまれなさとか痛さとかが減り、もう少し戯画化が進んだ気がしました。
 どこか哀れさが強くなったというか。
 男性が演じることで虚構性が増したためかもしれません。
 菅原さんはついこの間まで、同じヴィレッヂ・プロデュースの『サイケデリック・ペイン』に出演していました。時間のない中で、この強烈な役を自分のものにしていたのはさすがでした。
 不安だったでしょうが、初日の芝居が終わったあとの、お客さんの暖かい拍手に随分ほっとしていたようです。
 彼が代役を受けてくれたから芝居の幕が開けられた。
 ありがたいことだと思います。
 プレッシャーも半端ではないでしょうから、初日を迎えた時の嬉しさもひとしおだと思います。

 新感線も一昨年、『鋼鉄番長』という作品で主役が本番中に体調を崩し出演が不可能になり、一時は公演中止かというところまで追い込まれました。
 幸い、三宅弘城くんが代役で出てくれることになり、なんとか公演を継続できました。
 かなり昔ですが『忠臣蔵ブートレッグ』という作品では、初日直前のリハーサルで高田聖子がケガをして、急遽、長野里美さんにお願いしたことがありました。
 この時も確か長野さんは、三日か四日で、台詞と段取りを全部覚えて本番をこなしていて、すごいなと思ったものでした。

 芝居は生もの。どんなアクシデントがあるかわからない。もろい興行形態です。
 でも、目の前にお客さんがいる以上舞台は続ける。
 それは損得勘定ばかりではない、奇妙な使命感と矜持が支えてくれる情熱です。
 役者スタッフを問わず、土壇場でふんばれる力を持つ人間が、いい舞台人なのではないか。そんなことも思っています。
 でもよく考えたら、それは舞台人に限った話ではないですね。