背筋が凍るような事実が、少しずつ明らかになっている「尼崎連続怪死事件」。繰り返されてきた異常な人間模様の中に、もう一人の重要人物がいた。この男こそ、事件の主犯格とされる「女親分」角田美代子被告(64)の弟・月岡靖憲受刑者(59)だ。彼は2007年に別の恐喝事件で逮捕され、現在、服役している。

「実は彼は当時、時効目前だった『グリコ・森永事件』の重要参考人として、警察に呼ばれていたのです。結局、捜査線上から外れるんですが、その後、ひどい取り調べを告発するため、盛んにメディアに接触していました」(捜査関係者)

 いまから18年前の1994年の秋、兵庫県西宮市で学習塾経営していた靖憲受刑者は当時、本誌記者にこんな話をした。

「尼崎北署に呼び出されて5、6人の刑事から、『犯人なのはわかっている。白状しろ』などと責め立てられた。何のことかまったくわからないのに、公開された“キツネ目の男”と似ているということだった。50回くらい署に出頭させられた。目も悪くし、精神的にも不安定になってきた」

 高級そうなスーツに身を包み、ゴルフが趣味でシングルに近い腕前だとにこやかに話す。そして、尼崎北署の事情聴取を隠し録りした録音テープを出した。

「これを証拠に国家賠償訴訟で徹底的に警察をやっつけてやりたいのです。大きく報道してください」

 このとき、靖憲受刑者の傍らには弁護士がいた。「理不尽な取り調べを徹底的に追及したい」と語っていたこの弁護士はその後、悲惨な人生を歩むことになる。2007年1月、靖憲受刑者は、この富田康正元弁護士から総額3億円以上を脅し取ったとして逮捕され、懲役14年の実刑判決を受けた。そして富田元弁護士も、靖憲受刑者に追い込まれ、依頼者の預かり金3億7千万円を横領したとして懲役9年の判決を受けたのだ。

 その法廷を傍聴してわかったのは、想像を絶する脅しの日々だった。「事務所で腰や足を蹴られて転倒した。そこに馬乗りになって殴られ続け、『カネを払え』『逃げ切れんぞ』と脅された。本当に殺される、家族も危ないと思ったので、ダメだと思いながらも、依頼者のカネに手をつけてしまった」。

 最初は良好な関係を築いて安心させ、隙をついて因縁をつけて、死の恐怖すら抱かせる暴力でカネを巻き上げる。まさに美代子被告の“手口”と酷似する。

週刊朝日 2012年11月16日号