子供の頃は、夏といえば夕立が当たり前でした。
 夏休み、外に遊びに行く。
 午後になると、遠い山の向こうにむくむくと入道雲がわきたってくる。
 真っ青な空に真っ白な雲がくっきりと浮かび上がる。
 ゴロゴロという音が雲の奥からかすかに聞こえてくる。
 まだ大丈夫と思っていると、一気に辺りが暗くなって、ガガーンと頭の上で雷が鳴り大粒の雨が叩き付けるように降ってくる。
 目の前が見えなくなるくらいひどい雨が30分も降ったかと思うと、あっという間に雷が鳴らなくなり雨も小降りになる。そして、またカラリと晴れ上がる。
 田舎の夕立はメリハリがはっきりしていました。
 天高く湧き上がっていく入道雲をにらみながら、雲と競争して自転車を飛ばすなんてこともしょっちゅうありました。だいたい雲に負けてずぶ濡れになったけど、たまに、こちらが早くて、家に飛び込んだ途端雨が降り出したりすると、人生の全てに勝利をおさめたような気分になったものです。
 
 考えてみれば、田舎は空が広かった。
 僕が育ったのは、福岡の田川市という盆地です。
 五木寛之が『青春の門』や『風の王国』で描いた香春岳から西に福智山、東に大坂山、そこから修験道でも知られる英彦山等々、四方をグルリと山で囲まれています。
 実家から少しあるけば田んぼが広がり、空がとても広くなる。
 あまり高い建物がないから、本当に視界が開けます。
 雲の動きもよくわかる。
 雨が自分を追ってきているのか、それとも雨に向かって走っているのか一目瞭然です。
 目に見えるから、雲と勝負ができたんですね。

 最近は東京でもゲリラ豪雨が目立ちます。
 杉並はどしゃぶりでも、練馬では一滴もふらないなんてことも結構あります。
 先日は、世田谷で乳房雲が見られました。
 空に乳房のような半球状の雲が並ぶ所から名づけられたこの雲、ヨーロッパやアメリカなどで見られ、竜巻などひどい天候不順の前に現れると言われています。
 ネットで写真を見たことがあり、かなり異様な風景だったので、ヨーロッパに旅行に行った時など、自分の目で見たいものだと、機会があれば空を見上げて探していました。
 それが東京でも現れたから驚いた。
 五月の連休、つくばあたりを大きな竜巻が襲ったあとだったから、本当に荒れ模様の時期だったのでしょう。
 日本も亜熱帯化してきているのかもしれません。
 でも、東京のにわか雨は予測しにくい。
 家々がびっしりと建ち並び、駅も高架。高いビルも多い。空の広さは田舎の3分の1くらいかもしれない。田舎と違い、雲の流れを読むなんてことはできない。
 むしろ、ビルを乗り越えて不意に姿を見せる怪物のような感じがします。
 通りの陰から不意に現れる、通り魔のようなにわか雨。
 それは、田舎で競争していた入道雲とは随分とおもむきが違いますね。