片島:“目玉の松ちゃん”が登場する『怪猫伝』の撮影も、本当に楽しかったですね。元ネタは『怪鼠伝』という、とくになんていうこともない忍術ものの作品なんですが、今のCG全盛の世の中ではありえないようなアナログさで。
周防:ポンと煙が出て人が瞬間で出たり消えたり、動物に化けたりね。日本映画の父とうたわれる牧野省三さんの作品で、主演の尾上松之助とのコンビが一世を風靡しました。
人が突然消える演出を牧野さんが思いついたのは、実はまったくの偶然だったとか。当時は撮影中にフィルムが終わると、同じ画を続けたければ、フィルムを交換するまで役者さんにずっと同じ格好のまま静止していてもらわなきゃならなかったんです。でも、あるとき、フィルムチェンジの間に、ある役者さんが持ち場を離れて、おしっこしに行っちゃった。それに気づかず、牧野さんは役者さんが戻ってくる前にフィルムを回しはじめてしまった。で、あとでフィルムをつなげてみたら、今までいた人が突然消えていたわけです。
それを失敗ではなく、おもしろいと考えた牧野さんは、それならと、今度は意図的にフィルムを止めて人を消したり、その逆にカメラを止めて、新たに人を入れると同時に煙を出してフィルムを回した。つまり忍者のトリックを発明したわけです。
片島:今回、我々も現場でまったく同じことをしましたね。
周防:そんなふうにして、世界中の映画人がさまざまなテクニックを発見していったんですね。被写体を画面いっぱい大写しにするクロースアップも、リリアン・ギッシュという女優さんがあまりにも美しすぎて、カメラマンが思わずカメラをもったまま近づいてしまったのが起源だ、なんていう説もある。さすがに僕も、これはちょっと眉唾じゃないかと思っているんだけど、でもそれぐらい、人の気持ちとテクニックはつながっているんです。
片島:過去の名作を“撮り直す”のは楽しかったんですが、今回、ひとつだけ現存するフィルムをそのまま使ったものがあります。それはエンドクレジットで流れる『雄呂血(おろち)』。実は『カツベン!』の時代設定を大正14年にしたのは、『雄呂血』を意識してのことなんです。
この映画は剣戟(けんげき)ブームを巻き起こした記念碑的作品で、一人斬るごとに見得を切る、それまでの歌舞伎調の立ちまわりからアクションへと、大きくスタイルが一新しています。このエポックメイキングな作品が生まれた時代を舞台に、世の中が移り変わっていくさまを描きたかったんです。創作だけでなく実在の情報を入れることで、リアルな時代感を映画に反映させたくて。