「ちょっと、行くんですけど」としか言えない戸惑い、「間違えちゃった」とごまかす巧みさ、「はーい」と答える調子の良さ。認知症の人そのものだった。伊東さんの身近に、そういう人がいるのだろうか。演技力には違いないが、そう思うほどだった。

 感心したのが、座り方だ。原田の父になりすまし、銀行に行く。立派な応接室に通され、大きな椅子に座らされる。そこで伊東さん、斜めに座る。骨盤が起きていない、ダラっとした座り方。身近に老人がいる方ならわかるはず。大抵の老人は、北村のように座る。

 伊東さんは、1937年6月生まれで現在82歳。売れっ子俳優として、映画にドラマに引っ張りだこの「スーパー老人」だ。テレビではしばしば、刑事や鑑識課員を演じている。そのひとつ「おかしな刑事」(テレビ朝日系)は6月に20作目が放送された。嫌いでないので見たのだが、伊東さん演じる鴨志田刑事はシャキシャキと捜査に勤しみ、もちろん斜めになど座らない。

「おかしな刑事」シリーズが始まったのは2003年で、伊東さんは当時66歳だった。その頃も実年齢よりずっと若く見えたろうから、まさに「現役のベテラン刑事」だったはずだ。それから16年。82歳で演じる現役ベテラン刑事に文句はないが、まあお話を楽しむというか、お約束の世界というか、そういうものになっている。

 その点、「サギデカ」で演じた北村は、ほぼ伊東さんと同じ年。ネズミが嫌いな寅年、つまり昭和13年生まれの81歳と台詞から計算できる。そこで伊東さんはダラっと斜めに座り、自分とはかけ離れた「ありふれた老人」の現実を見せてくれた。

 原田が詐欺師だと告げられる、最終盤のシーンも秀逸だった。あの人は原田さんでなくニセモノだと今宮に言われ、「そっかー、でもな、あの子、とても困ってたから」と返す。「困ったフリして騙したんです」と言われると、即座に「うん、それは良くない」と言う。そして、「でも、原田が言ってたよ」と続け、回想シーンになる。原田は涙を流しながら「先生、本当にありがとうございました」と頭を下げている。

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