去年観た洋画で、特に面白かったものが三本あります。
『第9地区』と『オーケストラ!』と『瞳の奥の秘密』です。
 
『第9地区』は、南アフリカ共和国のヨハネスブルグ上空に巨大な宇宙船が出現。その中にいたエイリアンは難民状態で、結局市内の特別区域"第9地区"に隔離されて、人類と共存することになったという設定です。
 監督のニール・ブロムカンプは、南アフリカ共和国ヨハネスブルグ出身。19歳の時にカナダに移住し、ハリウッドでテレビドラマの3Dアニメーターなどをやっていました。この作品が長編映画第一作。『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソンが製作者としてバックアップした作品です。
 主人公は、第9地区を管理する大企業の職員。エイリアン達を新しい地区に立ち退きをさせるための交渉に赴きますが、そこでトラブルにあい、自分もエイリアン化していきます。差別していた側が差別される側にまわることになるのです。
 基本はSFアクション映画です。エンターテインメントです。でも、監督の出自から考えて、当然、アパルトヘイトを想起させます。
 何より象徴的なのが、ヨハネスブルグの空全体を覆う巨大な宇宙船です。
 故障して動かない上に、到着してから何年も経つので古ぼけている感じが本当に鬱陶しい。いくら攻撃してこなくても、空に蓋をされているようで、住んでいる人間はたまったもんじゃないだろうなというのが皮膚感覚でわかります。
 その閉塞感が、この映画を象徴しているように思います。

『オーケストラ!』は、ソ連時代にボリショイ交響楽団を追われたロシアの天才指揮者が、30年後の現在、やはり不遇をかこっている昔の仲間達を集めてボリショイ交響楽団になりすましてパリ公演を行おうとするというコメディー映画です。
 公演を成功させるため、フランスで大人気の美人バイオリニストを加えようと必死になる主人公。だが、仲間達は、ロシアを抜け出してフランスに亡命することが目的だった人間も多く、公演前にメンバーがいなくなってしまう。
 無茶な設定ですが、登場人物がいきいきと描かれていて、つい笑ってしまう。
 しかも後半では、主人公達がソ連時代に音楽界を追われた原因には政府のユダヤ人抑圧が絡んでいたりして、クライマックスのチャイコフスキーのバイオリン協奏曲の演奏シーンでは、そこまでの伏線が一気に回収され、大きな人間ドラマが浮かび上がってきます。
 監督のラデュ・ミヘイレアニュはルーマニアのブカレスト生まれのユダヤ系。1980年にチャウシェスク政権下のルーマニアからイスラエルに亡命し、のちにフランスに移ったという経歴の持ち主。
『オーケストラ!』は、エンターテインメントですが、彼の個人史と重なる部分も非常に多く感じます。

『瞳の奥の秘密』は、アルゼンチンのブエノスアイレスが舞台。25年前の殺人事件がきっかけで人生を狂わせてしまった裁判所勤務の主人公が、定年退職し、もう一度自分の人生を見つめ直すために、その事件を小説にしようと考える。そのために改めて調査をし始めた結果、当時ではわからなかった幾つもの真実に気づいていくというサスペンス映画です。
 複雑な構成の映画ですし、あまり細かく語ってしまうと興を削ぎそうなのですが、この作品、個人的な物語に見えますが、実は骨格には、当時のアルゼンチンの政治状況が大きく絡んでいるのです。
 監督はアルゼンチンの名匠フアン・ホセ・カンパネラ。この作品は第82回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞しています。
 
 三つの作品に共通しているのは、三作品ともエンターテインメントの体裁をとりながら、監督の出身国の状況が大きな要素として映画に入っていることです。
 ざっくりとした言い方ですが、21世紀は人々の意識が「国家」から「民族」に大きく揺れるのではないかと思っています。体制としての「国家」と個人の出自たる「民族」、その二つの立ち位置の間で揺らぐことになる。
 そういう意味では三本とも個人のドラマでありながら、その根底に大きく「祖国」の問題が絡んでいるところが、実に「21世紀のエンターテインメント」だなあと感じたのです。
 
 ひるがえって、日本人である自分にとって、「これが日本発の21世紀型エンターテインメント」だと言える作品はどんなものか。改めて考えています。