前回話題にした『大江戸ロケット』で思い出したのですが、原恵一さんと初めてお会いしたのは、この作品のパンフレットでの対談の時でした。
 その年のゴールデンウイークに公開された彼の監督作品『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』が、あまりにも面白かったので、「是非この人と話をしてみたい」とスタッフに頼んで、対談をセッティングしていただいたのです。

 もちろん双葉社の社員でしたから、『クレヨンしんちゃん』には関わりがありました。『しんちゃん』の関連本で言えば、それまでにも、『クレヨンしんちゃんのまんがことわざ辞典』や、アニメ画面を漫画のように構成したアニメコミックなどを編集していたのですが、『しんちゃん』の原作漫画の担当をしたことはなかったので、アニメのスタッフとはお会いしたことはなかったのです。
 だから『しんちゃん』の劇場作品は、一ファンとして観ていました。

 劇場版も本郷みつるさんが監督していた第一作から、とても面白く観ていました。特に第三作の『雲黒斎の野望』が好きでしたね。活劇としての時代劇とタイムトラベルの歴史改変テーマを融合させ、それを『しんちゃん』映画でやって成功させているという快作でした。そのあとの『ヘンダーランドの大冒険』は前作と毛色が変わって、ファンタジー色が強かったのですが、これも面白かった。

 第五作で監督が原さんに代わってからは、それまでのSF色ファンタジー色が弱まり、アクション映画の色合いが強くなりました。
 彼のリアル指向が表にでてきたのでしょう。

 そして第9作の『オトナ帝国の逆襲』。
 1970年代の昭和の日本を再現した町を作り、大人たちはそこで子供に戻るという作戦を遂行する謎の組織イエスタデイ・ワンスモアと、自分の親を取り戻そうとする五歳児野原しんのすけとその仲間たちという設定には、舌をまきました。
 公開されたのは2001年の4月、21世紀に突入してすぐの時期です。個人的には「21世紀になったけど、このぼんやりとした閉息感はなんだろう。自分たちが子供の頃に思い描いていた夢の21世紀はどこに行ってしまったんだろう」という気分だったので、そういう気分を拾って、『クレヨンしんちゃん』という枠組みの中でエンターテインメントに仕立てあげ、しかも作家性も感じさせるという手腕に感心しました。
 なにより、原さんが作りたいものを作ったという感じがした。
 観た後に興奮して「劇場用アニメとしては『ルパン三世 カリオストロの城』以来の傑作!」と、友人に言って回ったことをよく覚えています。

 その勢いで『クレヨンしんちゃん映画大全』という書籍を企画編集したりしました。とにかく『しんちゃん映画』の面白さを、もっと幅広い層にしってもらいたかった。
 ただ、次の『アッパレ!戦国大合戦』がまた傑作だったので、この作品を待ってから本を作った方がよかったかなと、今となっては悔いが残っています。

 アニメ『クレヨンしんちゃん』を卒業して、原さんが作ったのが『河童のクゥと夏休み』です。
 何度か原さんと食事する機会もあったので、そこでの会話から、彼が、いわゆるアニメおたくではなく、実写映画指向の人だなとは感じていました。
『しんちゃん』のくびきを解かれるので、彼本来のリアル指向がより強まるとは思っていたのですが、キャラの絵柄の設定も含めて、ここまでいわゆる受け狙いのアニメとは違うテイストでくるとは思いませんでした。
 口当たりのいいファンタジーではなく、もっとシビアな人間観察眼に基づいた、河童という異物の侵入による日常の混乱と反応、世間の無理解、でも河童と少年の理解と成長を描いた、絶望では終わらない骨太な作品作りに、作家としての信念を感じ、感心もし、刺激も受けました。

 その原さんの新作『カラフル』が、今週末の21日から全国公開されます。
 楽しみにしていたので、試写会がはじまると早々に観てきました。
 原さん、また一歩も二歩も進んでいます。
 実写指向はより強まっているのですが、もうアニメとか実写とか関係ない。ひとつの映画として面白い。
 シビアな現実の中での、お手軽なファンタジーに逃げ込まない救いというテーマが、より鋭さを増しています。
 なんか、クリエイターとしての凄みが出てきましたね。
 高い頂を目指して進む孤高の求道者のような雰囲気すらする。
 試写を観た知人は圧倒されて、小津や成瀬の映画と比較して語ったりしていました。
 確かに、そのタイプの日本映画の継承者ではないかとも思えてきた。
 僕も『カラフル』を観た後、無性に古い日本映画が観たくなって、川島雄三とか増村保造のDVDを買ったりしてます。
 今のアニメの主流の作風ではないのは確かです。
 でも、だからこそアニメファンではない多くの人にこの作品を観てほしい。
 特に、10代の若者と、10代の子供を持つ親達に。
 不安定な子供たちと、その子供の不安定をどう受け止めていいのか困惑している元子供だった親達に。
 きっと心に強い何かが残ると思います。

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