勘違いの巻き添えを食う形で、ほぼ手中にしていた甲子園出場を逃した甲府工・原初也監督は「(8回は)6番を飛ばして7番に打たせたのはおかしい。6番に代打を出させるようにするべき」と不満をもらしながらも、「負けは負けですから」と潔く結果を受け入れていた。

 同じ打者が2度続けて打席に立ち、2打席連続三振に倒れる珍事が起きたのが、2005年の西東京大会2回戦、日大鶴ヶ丘vs東京電機大高だ。

 0対6とリードされた電機大高は3回裏、1点を返し、なおも2死二塁のチャンスに、3番・印南敬太が三振に倒れ、スリーアウトチェンジとなった。

 ところが、1対9とリードを広げられた4回の攻撃が始まると、スコアボードの電光掲示板のランプは、なぜか再び印南の打順を示しているではないか。ベンチのチームメイトから「バッターですよ」と教えられた印南は、「電光掲示板を見たら、3番にランプが付いていたので、焦って打席に向かった」という。そして、この回から先発・仁科宏章をリリーフした2年生右腕・仁平昌人に三振に打ち取られた。

 3回2死、4回無死と回をまたいで、同じ打者が続けて打席に立ったのに、球審もまったく気づかず、日大鶴ヶ丘からアピールもなし。めまぐるしく点が入る試合展開とあって、攻撃側も守備側も混乱していたのかもしれない。

 5回コールド(11対1)で試合終了後、ようやく間違いが判明したが、すでに試合が成立しているため、記録が残ってしまう珍事に。全打数14の電機大高ナインのうち、ただ1人3打数が記録された印南は「せっかく1打席多かったのに、チームに貢献できず申し訳ないです」と無念そうだった。

 インフィールドフライが宣告された直後、ひと呼吸置いた一瞬の隙をつかれ、まさかのサヨナラゲームとなったのが、2012年の神奈川大会1回戦、日大藤沢vs武相だ。

 2対2の9回裏、日大藤沢は1死満塁のチャンスに1番・伊藤修太が遊飛に倒れる。インフィールドフライが宣告され、2死となったことで、守る武相ナインがホッとしたのは言うまでもない。打球を処理したショート・山本将好がボールを持ってマウンドに歩み寄り、板野拓耶に返したあと、捕手を除く他の内野手もマウンドに集まってきた。あとひとつ確実にアウトを取って延長戦で決着をつけようと、気を引き締め直そうとしたのだが、タイムを取っていなかったことがアダとなった。

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1年生の冷静な判断が明暗分けちゃった