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さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版「世界の空港・駅から」。第71回はバングラデシュのシャージャラル国際空港から。
【かつては鈴なりの人だったが…現在のシャージャラル国際空港はこちら】
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有象無象──。バングラデシュの空港に着いたとき、いつもそう思う。バングラデシュでは、ダッカのシャージャラル国際空港、チッタゴンのシャーアマーナト国際空港から入国することが多い。どちらの空港も、ターミナルを出たところにタクシー乗り場があるのだが、そこは旅行者と関係者しか入ることができないように柵で区切られている。
その柵に、200~300人、いや1000人を超えるのではないかと思うほどの人が鈴なりになって、こちらに視線を向けてくる。
そこにいるのは出迎えの人、タクシーやCNGと呼ばれる三輪タクシーの運転手たちなのだが、なんの用事もない人もかなり含まれている。いったい彼らは、なんのために空港で到着客を見ているのかわからない。
柵の出口はいつもデモ隊と警察がぶつかる前線のようだ。到着した客をなんとか乗せようとする運転手が、一歩でもなかに入ろうとする。それを警察官は棒を振りかざして追い返す。
僕はいつもその前線に足を踏み入れていかなくてはならない。
いよいよはじまる……。
下腹に力を入れ、人の海に入っていくわけだ。こんなことをいままで何回繰り返してきただろうか。どこかバングラデシュに入る儀式のような気もしていた。
人の海は荒れている。運転手だけならいいのだが、人の荷物を持とうとする人が多い。彼らは荷物をタクシーの運転手のところまで運び、いくばくかの金を運転手からもらおうとするのだ。そんな男たちを振り払わないと、運転手と面と向かって交渉もできない。10人ほどのわけのわからない男たちを引き連れ、値引きに応じそうな運転手のところに向かう格好になる。