『ダークナイト』を観ました。

大傑作です。自分にとっては10年に1本というインパクトのある作品になりそうです。

大嘘の中のリアリティとでも言えばいいのでしょうか。蝙蝠(こうもり)姿のバトルスーツを身にまとった大富豪が悪を退治するという荒唐無稽(こうとうむけい)なシチュエーションです。が、その中でリアルな問題意識を追求する手法には非常に触発される物がありました。自分が得意とする伝奇時代活劇の器の中でどう人間ドラマを描いていくか。その指標の一つがここにあったのです。

主人公ブルース・ウェインは幼い頃両親を暴漢に殺されたことにより、自分の手で悪を駆逐することを誓い、バットマンの仮面を被ります。が、それは復讐とどこが違うのでしょうか。

『ダークナイト』では、宿敵ジョーカーを金や欲の為でなく、ただ暴力の為の暴力を行う存在としたことにより、バットマンの"正義"の危うさがえぐり出されていきます。

緊張感溢れる展開は、実に緻密(ちみつ)でしかもテーマがぶれていない。よくできたシナリオとそれを支える絵作りに感心しました。

ですが、何と言ってもヒース・レジャーです。並みの倫理観など持ち合わせていない、それでも頭は恐ろしく切れる純粋犯罪者ジョーカーを見事なまでに演じきっています。まさに命を削る芝居だったのでしょう。彼の存在がこの映画を超一級品にしました。

9.11以降のテロリズムへの恐怖、サブプライムローンの破綻に端を発する世界経済の不安、世界各地で起こる民族紛争......。東西の冷戦が終結しても平和な世界は来なかった。全てを破壊の対象とし自分の命にすら執着をもっていないように見えるジョーカーは、混沌とし先行き不明な未来に困惑している我々の不安感の象徴のようです。彼に対してバットマンは、我々の信じる正義は、勝てるのか。

映画は、絶望的状況を故人の遺志が背負うことで打破すると暗示して幕を閉じます。
その覚悟----映画の中のバットマンの意志とそれを提示する映画製作者の意志、その両方の覚悟に、僕は心震えました。

一見お子様ランチに思われかねないアメコミヒーロー映画でここまでのことが描ける。それは"活劇"にこだわる自分には大いに励みになります。

海の向こうでこんなに面白い映画が作られている。だったら自分達だって負けちゃいられないじゃないか。

それは22歳の時に『レイダース/失われた聖櫃』を観てあまりの面白さに打ちのめされた時に思ったことでした。それから20数年。改めて同じ思いにさせる映画に出会えたことは幸せです。

押し寄せる〆切の波に心折れそうな毎日ですが、まだまだ挫(くじ)けちゃいられないのです。

ダークナイト公式HP