その言動には、荒木コーチならずとも、取材する側としても、感心させられることばかりだ。

 第2クール初日、2月7日。

 三塁側ベンチ前のファウルゾーンで、根尾の守備練習が始まったのは、午前中の全体練習のメニューが終わった昼前のことだった。

 荒木コーチのノックは、緩いバウンドでの、体の正面のゴロばかり。これを、腰をしっかりと下ろして捕球し、丁寧にスローイングを行う。その打球は一切、左右に散らされることもない。だから、逆シングルからのジャンピングスローやダイビングキャッチといった派手さとは一切無縁だ。

 4年目の内野手・石岡諒太とのキャッチボールも、20メートルほどの距離を、速いテンポで投げ合うもの。返球が胸の位置からそれると、荒木がストップをかけ、スローイングの動きを再チェックする。強肩を生かした遠投で、スタンドを沸かせるシーンなど、全く見られない。

 根尾でなければ、ファンも目を向けないような単調な練習だった。逆に言えば、根尾がやっているからこそ、ファンも注目するのだ。荒木コーチは、ノックを打ちながら、左耳を手に当てて「聞こえないぞ」というポーズを取る。

「お願いします!」

 根尾が叫ぶと、スタンドが沸き、拍手が起こる。ぐっと球場の雰囲気が盛り上がるのが分かった。

 一連の守備練習はおよそ20分。これが終わると、荒木コーチと、その光景を見守っていた立石充男巡回野手コーチも交えて、グラウンド上で練習内容やその動きを確認するためのミーティングが行われた。

 何度もうなずいた根尾が、納得の表情を浮かべている。その輪が解けると、またもスタンドから一斉に拍手が沸いた。

 その時だった。

 根尾は、帽子を取ると、守備練習を見守っていた、三塁側のスタンドの金網前に鈴なりになっていたファンに向かって、ぺこりと頭を下げたのだ。

「ありがとうございました」

 その律儀な姿に、またまた大拍手が起こった。

 思いも寄らぬケガでの2軍スタート。そんな中で「まだ焦ってはいけない」と、自分にそう言い聞かせるかのように、根尾が地道な練習を、日々繰り返している。そんなルーキーを、ファンも温かく、優しく励ましているかのようだ。

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ゆっくり、大きく育ててほしい