どうだろう、これらのセリフに触れただけでも心動かされないだろうか。
私がとくに好きなのは「何がどうなろうと、たいしたことはありゃあせん」。この言葉は、トラブルにぶち当たった時、いまも呪文のように唱えている。
トウチャンのお気に入りのセリフは「ほんまの闇っちゅうもんを知っとる人間には、たったひとつの星のすごさがわかる」だったっけ。刑務所にまで入っていた経験のある彼は闇を知った人間だ。トウチャンは私を常に「俺のキラキラ星」と呼んでいた。その口癖をそのままタイトルに、群ようこさんが私とトウチャンの出会いを「キラキラ星」という本にしたためてくれたこともあった。おこがましいのを承知で言えば、私はトウチャンの「たったひとつの星」になっていたのかもしれない。「おまえが俺の生きがいやぞ。ペコマルがいるから生きていけるんや」18年間変わらずに、死の直前の週まで子守唄のように聞かせてくれた言葉に嘘はなかったはずだ。だから、「幸不幸の帳尻は、その人間が死ぬときに決まるもんじゃ」と言うセリフでいえば、トウチャンの帳尻は幸のほうにあったと、最期まで一緒にいてあげられたことで、そう納得するしかない。
37年の月日を経て完結し、また一周して流転していくこの小説のように、18年間かけて完結した私とトウチャンの物語。そして、いま、私の目の前に新しい物語の頁を開くようにうながす男性が現れたこと。これらはけして無関係ではないように思うのは手前味噌だろうか。そして、私が新しいパートナーに希望する唯一の条件は、これらの小説のセリフに痺れてくれる感性があるかどうかにつきるのだ。
最後に。年末年始に読む本でお悩みの方は、まず「流転の海」第1部を騙されたと思って読んでみて欲しい。これからこの本をゼロから読める人がうらやましい!と嫉妬するレベルの小説であることが嘘でないことを、わかってもらえると思う。