日本アスペン研究所の副理事長の村上陽一郎・東京大学名誉教授がシンポジウムで基調講演し、これまでアスペン研究所が取り組んできた瑣末主義・専門主義の排除に加えて「これからの20年はネガティブ・ケイパビリティというものがさらに求められるのではないか」と指摘した。

 村上名誉教授は作家であり精神科医の帚木蓬生氏の著書『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(朝日新聞出版)を読み、「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を知り、この力こそが混迷の時代に生きるリーダーには必要だと考えたという。

 ネガティブ・ケイパビリティの対語は「ポジティブ・ケイパビリティ」だ。これは解のある問題を的確に素早く処理する能力のことで、これまでの学校教育や企業経営の中で求められてきた力である。一方ネガティブ・ケイパビリティは複雑で混迷した状況下で、どのように決めたらいいのかが分からない状態を耐え抜き、時間はかかっても解決の糸口を見いだす力である。

 これは過去問をたくさん処理すれば、身に付けられるような能力ではない。何が正解か分からない時代には、正解が見いだせない宙ぶらりんの状態に耐え、自分の頭で考え抜く胆力が必要なのだ。

 これまで持て囃されたテキパキと判断し、決定する断行型経営者は先が見えた時代には強いが、混迷の時代には向いていないのかもしれない。「これはこうだ!」と素早く決断しては、先が読めない時代に見誤る可能性が高まりかねないからだ。「早く決めてくれ」という周りからのプレッシャーにも耐え、熟慮できる能力こそがこれからの経営者には求められるのだろう。

 熟慮し、最後まで何も決められない経営者は失格かもしれないが、ライバルの動きを見て焦りながら、「エイヤ」と判断する早押しゲームが得意そうな経営者もまたお呼びではない。(Gemba Lab代表 安井孝之)

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安井孝之

安井孝之

1957年生まれ。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京、大阪の経済部で経済記事を書き、2005年に企業経営・経済政策担当の編集委員。17年に朝日新聞社を退職、Gemba Lab株式会社を設立。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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