横浜、巨人などで活躍した村田修一が今季限りでユニフォームを脱ぐ。そこで今回は、「プロ野球B級ニュース事件簿」シリーズ(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、村田修一にまつわる“B級ニュース”を振り返ってもらった。
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横浜時代の村田修一が、鈴木健の引退試合で“武士の情け”を見せたのが、2007年10月4日のヤクルト戦(神宮)。3対0とリードしたヤクルトは8回1死、代打・鈴木が20年間の現役生活最後の打席に立った。
マウンドの横山道哉は、オール直球勝負。この温情に応え、鈴木も一世一代の見せ場をつくる。1ボールからの2球目を思いきり空振りすると、3球目から4球連続ファウル。さらに1球ボールのあと、5球連続ファウルと粘りに粘った。
だが、カウント2-2から横山の13球目を三塁ファウルグラウンドにフラフラと打ち上げてしまう。ため息まじりの大歓声が上がり、三邪飛でアウト……と思われた直後、スタンドのヤクルトファンは、一転手を打って大喜びした。
なぜか? サード村田が捕球せず、ファウルにしてしまったからだ。ゆっくりとした動作で追いかけ、スタンド近くでグラブをヒョイと軽く差し出すしぐさを見せたものの、ボールは村田の目の前にポトリ。その気になれば捕れない飛球ではなかったが、「あの雰囲気で捕ったらまずいと思って」(村田)空気を読んだのだ。
命拾いした鈴木は、14球目もファウルしたあと、15球目を詰まりながらも中前へ。一塁ベース上で「世界一の幸せ者です」と男泣きした。
テレビ解説の平松政次氏も「村田の計らいがなかったら、こんなに感動しなかったと思います。素晴らしいものを見せてもらいました」と激賞した“好アシスト”だったが、一部のファンの間で「手抜き」「八百長」と批判されたのも事実。ところが、皮肉にも、それから2日後、今度は“ガチンコ”の一発が「何で空気を読まなかったのか?」と言われる羽目に……。