就任1年目の春休みには、長靴、レインコートにホースを持って、トイレ掃除のために登校した。

「いくら取り壊される校舎とはいえ、汚れたままにしておくと生徒の心が荒んでいくから」

 提案した時には渋っていた先生も大勢参加し、生徒までも加わって便器にブラシをかけ、落書きだらけの壁にペンキを塗り、壊れたドアを修繕した。

「掃除が終わった後は家庭科室で作った豚汁を、わいわいおしゃべりしながら食べました」

 学校の雰囲気は明らかに良くなっていた。

 2年目には地域貢献を目指し、「地域と連携するプロジェクト」を目標に掲げた。

「万引きが横行し、アルバイトすらさせてもらえない。あんな学校なくなったほうがいいと言われることもありました。地元の商店に職場体験をお願いしても、最初は断られました」

 美術部が商店街のシャッターに絵を描いたことをきっかけにして、商工会の会合に出席して職場体験の趣旨を説明し、他からも協力を得て、なんとか全員の受け入れ先を確保した。

「情報科の先生がパワーポイントの使い方を指導し、職場体験で学んだこと、今後の課題、自分の夢をスライドで作るという授業をおこなってくれました」

 職場体験を行った生徒の評判も良く、学校を見る目が変わりつつあった。近くの保育園児を文化祭に招いたりするなど積極的に交流を進め、地域に受け入れられるようになってきた。これら一連の活動が新聞で紹介され、生徒たちを喜ばせた。

 栗原先生がどうしても実現したかったのが、生徒全員に資格を取らせることだった。

「このままだと、彼らは何の資格もないままに卒業してしまいます。ほとんどの生徒が就職を希望しますが、履歴書にひとつだけでも資格を書かせてあげたかったのです」

 生徒たちの経済事情はさまざまなので、英語検定のようなお金がかかる資格は難しい。すると地元の消防署の署長から「普通救命講習」はどうかと無料で受けられる方策を提案された。

「命を大事にするという目標にもかなっているし、人の命を助ける救命講習なら地域貢献にもつながります」

 生徒たちは体操着を着て、AED操作などの講習を受けた。生徒が全員揃って真剣に取り組んでいる様子は、着任時には想像できない光景だった。

 講習の後、バスの中で倒れた乗客を、生徒が救助するという出来事があった。バスの中で、大声で騒いだり飲食をしたりしてかつては迷惑がられていた水元の生徒たちが起こした快挙だった。

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