赴任初年度は多忙を極めた。3つの学校の経営計画を作り、小石川での勤務が一段落すると毎週月曜夕方5時には定時制高校に足を運び、職員会議の後に授業やクラブ活動を見学して再び小石川に戻って業務をこなす。帰宅はいつも夜中近かったが、朝は8時に生徒玄関に立ち、生徒を迎えた。

 小石川でのもうひとつの問題は、高校を中高一貫校に変えることへの高校や同窓会の反発だった。中等教育学校の開校当初は高校が3学年20クラスに対し、中学は1年生のみの4クラス。圧倒的に高校優勢で、高校の教員も学校に慣れていない中学の教員を軽んじるようなところがあった。生徒も教員も保護者も、中等教育学校と高校とで二分していた。

「小石川はもの言う学校です。生徒や同窓生が校長室にやってきて、『なんで小石川高校が中高一貫にならなければいけなのか』と談判しに来る。一貫校化することは東京都議会において決められたことなのですが、気持ちはよくわかる。高校生にとって母校がなくなるのは、つらいことだったでしょう。私は議論を厭わず、『高校は生き方を見つけるところで、建物や校名は関係ない。今の主役はあなたたちだ』と、水元の閉校経験をもとに粘り強く言い続けました」

 小石川の伝統をどうするのか。やり玉にあがったのが制服だった。小石川高校には制服がなく、生徒は私服で通学している。一方、新しくできた中等教育学校の中学生には制服があり、高校にも制服を導入するかどうかで教員や保護者を巻き込んで対立が起こった。

 解決を図るため、制服検討委員会を立ち上げた。生徒、教員、保護者全員に自由記述のアンケートをとって、意見を書いてもらった。それぞれが思いを書き込んだアンケートを読むと、「賛成」「反対」真っ二つに分かれた。その結果、委員会で決めることができず、決定は校長の裁量に任された。

 悩んだ末の決定を、栗原先生は全校生徒の前でこう説明した。

「自分で判断して行動に責任を持てるのが小石川です。後期課程では小石川らしく、自分で考えた服装でいきましょう。ただし制服を着たい生徒は、6年間着てもいいことにします。それを認めるのも、あなたたちが言う『自由』を尊ぶことになります」

 そう発表すると、会場から大きな拍手がわき起こった。

 創立90周年を迎える2008年のこと、翌年は後期課程が誕生する。式典には高校生全員がダークスーツで臨んで、後期課程の手本を見せた。

「この生徒たちは信頼できると思いました。普段はTシャツやジーパンでも、ちゃんとTPOに合わせた服装ができる。任せてよかったと思いましたね」

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