これが兄弟育児となった時にはさらにハードモードでした。乳児ワンオペ育児を経験してきた人は誰もが毎日「分身したい」「せめて阿修羅に……」「いや千手観音に……」と切望していたのではないでしょうか。

 と、例えに出したお風呂一つでこの大仕事。離乳食や着替え、お出かけに寝かしつけ。一日のスケジュールすべてが大人とはまったく違う工程を要するのにこちらの思い通りにはならず、一歩間違えたら命の火を消してしまうリスクと背中合わせの綱渡り。

 これを24時間365日、ほとんど母親ひとりの最大限の緊張と努力で乗り切るって、やっぱりちょっと異常でした。

 え? その間夫は何してたんだって?

 そうなんです。長男乳児期の夫は、産後も特に働き方に変化はなく、朝は早いし帰宅は日付越えギリギリという毎日。国内外への出張も多く、ほぼ平日の育児を経験していません。

 私が育休復帰してからもお迎えを代わってもらうなんて夢のまた夢。子どもの病気で休みを取るのも必ず私でした。

 と事実だけを並べると、今育児をしている世代から見たら「父親の自覚の無いダメ男」に見えるでしょう。

 本人の名誉のために補足しますが、あの頃は父親が育児参加すると「イクメン」「偉い」とほめそやされ、テレビで特集されていたような時代だったんです。当時の夫はむしろ進歩的で「女性が出産後も産前と変わらず活躍できる社会であるべきだ」と言っていたし、休日ぐらいはせめてと子どもの世話を頑張るけれど「イクメン」と言われるとすごく嫌な顔をするような人でした。

 とはいえ社会の風潮に加え当時は少人数の会社に勤めていたまだ30代前半のサラリーマンが、自分の理想通りの行動なんてできなかったのは私も理解しています。彼なりに苦しかったはず。

 体力面では子育ては若いほうが有利かもしれないけれど、夫の給料も低く、自分の裁量で働き方を調整することも難しい時代で、まさににっちもさっちもいかない日々……。「そりゃ少子化も晩婚化も進むわ」とうんざりしちゃいます。足りないリソースを外に求められる経済力と社会的地位がなければ、「子ども可愛い」「成長うれしい」だけをご褒美にほぼ母親が文字通り身を削って子育てするんですもの。

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