妻から出産費用が必要だと言われて。たまたま就職できたのがごみ収集会社でした。子どもができてからは、とにかくお金を稼がないといけないというのが一番にあって。それまではやりたくないことはやらないという感じだったんですけど、そうは言っていられなくなりましたね。クレジットカードって作るだけで、入会特典で3000ポイントとかもらえることがあるじゃないですか。10枚くらいクレジットカードをつくって、そのポイントでオムツを買ったこともありました。

――奥さま(友紀さん。イラストレーター、エッセイ漫画家として活動)は2人目のお子さんの出産後、産後うつになったことを公表されています。滝沢さんはどのようにサポートされましたか?

 サポートというか……、自分のことでいっぱいいっぱいでしたね。妻は1~2カ月くらい入院していたんです。娘は乳児院、3歳の息子は僕の実家に預けていました。僕は朝5時から夕方までごみ清掃に行ってという生活で。夜はお笑いライブに出ることもありましたし、移動の電車の中でネタや小説を書くこともありました。やるべきタスクが多すぎて、当時は寝た記憶があんまりないですね。

――滝沢さんご自身も大変な思いをされたんですね。

 大変でしたけど、誰かが代わってくれるわけではないし、やるしかないという感じで。後から聞いた話ですけど、息子の保育園の先生は、お迎えにきた僕のことを見てびっくりしていたみたいですね。大変な状況のはずなのに、あまりに淡々としていて逆に怖いみたいな(笑)。自覚はないんです。実際はパニック状態でしたね。

――奥さまが回復されていく様子をそばで見ていていかがでしたか?

 劇的に回復するというのはなくて、徐々にという感じでしたね。退院しても、乳児院にいる娘とはすぐには一緒に暮らせなくて。まずは30分だけ一緒に散歩をするとか、育児ができる万全の状態になるまで、段階をふまないといけないんです。妻はそれがつらかったみたいですね。

――大変な時期を乗り越えられて、奥さまとの関係は変わりましたか?

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