ローマ字表記には統一ルールがない

 ローマ字はしょせん音を真似することが目的ですから、厳格なルールがありません。規格としてはヘボン式と訓令式があり、それぞれに細かいルールはありますが、誰も従っていないでしょう。日本語をどうアルファベット表記するかは使用者が決めているのが現状です。

 たとえば駅名は鉄道会社によってルールが違います。「日本橋」は Nihombashiとmになっているのに対し、横浜の「日本大通り」はNihonとnになるなどの細かい違いがあります。都道府県名や市町村名も各自治体が正式な表記を決めています。メーカー名もそうですね。車のマツダはMAZDAであってMATSUDAではありません。個人名も、いざパスポートを申請するときにはじめて正式な表記を自分で決めることになります。パスポート表記とヘボン式は違うという細かい話もありますが、普通、パスポート表記を決めたらそれで統一して、わざわざ訓令式やヘボン式と使いわける人はいないでしょう。

 ローマ字に統一ルールがなく使用者が決めたものに従うことが基本だということは、ますます日本人が、ましてや小学生が、ローマ字を学ぶ意味はないということです。もし英作文で「東京」と書かないといけないなら、インターネットで東京都のホームページに行き、そこで使われている「Tokyo」という表記を使えばいいわけです。

Inoueさんの英語読みは「イヌーさん」 

 ローマ字と英語のズレは、主として母音で発生します。aは「あ」ではありません。日本語母語話者に「あ」と聞こえる英語の短母音は4種類あり、これらはaで表記されるとは限りません。

 短音のeは日本語の「え」と近い発音で、大きな混乱は生じませんが、長音で読むときは日本語の「イー」よりもかなり横に幅広く、ほっぺたの筋肉を緊張させるように発音します。

 短音のiは日本語の「イ」に少し「エ」が混ざった音、oの短音はアメリカ英語ではむしろ「ア」として発音されます。uも短音では[ʌ]、舌の中央を凹ませ半開きの口で短く「ア」と発音する音です。英語の子音は、日本語にはない音と、子音だけで発音することに、注意を払う必要があります。

 ローマ字は外国の人が日本語を読むときに使う「一方通行」の言葉であり、英語を読むときに使う言葉ではありません。ですので、英語圏の学校に留学すると、ローマ字で書いた自分の名前が英語読みされて、誰のことを指しているのか本人でも気づかないということが多々発生します。Inoue さんは、「イヌー」と呼ばれてしまうのが、ローマ字と英語読みのズレなのです。

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