発砲後、身柄を確保される山上徹也被告。殺人などの罪で起訴された。
発砲後、身柄を確保される山上徹也被告。殺人などの罪で起訴された。

 安倍晋三元首相の銃撃事件から1年。いまだ「スナイパーの仕業」「自作自演」など、陰謀論を信じる人たちがいる。なぜ陰謀論を信じてしまうのか、陰謀論に陥らないためにはどうすればいいか。識者に聞いた。AERA 2023年7月17日号から。

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 陰謀論を解くカギとして、科学コミュニケーション論が専門の東京大学の内田麻理香特任准教授は、人間の「認知の歪み」に注目する。


「人間はどうしても、自分の信念や自分が置かれた立場から物事を見たり、自分に都合のいい情報ばかり集める傾向があります。この認知の歪み、つまり『認知バイアス』が知らない間に自分にとって不快な情報を避け、心地いい意見だけを受け入れる傾向につながり、陰謀論を受け入れる土台となっています」


 内田特任准教授は、陰謀論を信じる主因の一つに「政治不信の表れ」があると話す。


「例えば、『ワクチンは殺人兵器』などと主張し反ワクチンを唱えていた人は、科学的リテラシーが足りないというより、むしろ政治への不信を表明しているのです」


 ワクチン接種を強行しようとする政府に対し、自分に都合のいい情報だけを集め「説」、つまり陰謀論をつくり、自分の中の認知的不協和を解消していったのだという。


 しかも、SNSの閉鎖的なコミュニケーション空間の中で、人間は自分と近い立場の意見を多く消費する傾向にある。その結果、偏った意見が増幅し、多様な考え方を受け入れられなくなる「エコーチェンバー現象」が起きやすくなっているという。


 安倍元首相銃撃に関する陰謀論を信じる人について、内田特任准教授は、安倍元首相が批判されるのを好ましくないと思う人が陰謀論に陥っていった可能性が高いという。


 あれだけ偉大な安倍氏が、一般人に簡単に殺されるのはおかしい。背景に何かあるに違いない──。その結果、自分が納得できる説(陰謀論)を信じるようになったのではないか、と。


 そして、最も大きな理由として、安倍元首相と旧統一教会との関係があるだろうと見る。


「安倍元首相の支持者には、韓国や韓国人に対し嫌悪感を抱く『嫌韓』の人が多くいると見られていました。その人たちにとって、安倍元首相がよりによって韓国が発祥の旧統一教会と強いつながりをもっていたことは納得できません。その自分の中の認知的不協和を解消するための手段として、陰謀論を信じるようになったのだと思います」(内田特任准教授)

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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