1930(昭和5)年、時の浜口雄幸首相が東京駅で右翼青年に銃撃され、翌年死亡した。昭和初期は、政治家が標的となる事件が相次いだ
1930(昭和5)年、時の浜口雄幸首相が東京駅で右翼青年に銃撃され、翌年死亡した。昭和初期は、政治家が標的となる事件が相次いだ

 昨年7月、安倍晋三元首相銃撃事件、今年4月15日には岸田文雄首相襲撃が起きた。政治家への襲撃事件が相次いでいる。日本は今、「新しい戦前」にあるという。100年前と現代の共通点とは──。AERA 2023年5月22日号から。

【写真】今年4月、岸田首相を襲撃し、取り押さえられ、連れ出される容疑者

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 100年も前に巻き戻されたかのような光景を、1年のうちに2度も見ることになった。

 4月15日、衆院補選の応援演説で和歌山市を訪れた岸田文雄首相の近くに爆発物が投げ込まれた。首相と約200人の聴衆にけがはなかったが、警官1人が負傷した。昨年7月に安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件から、1年も経っていなかった。

 政治家が標的になる事件は、大正から昭和初期に繰り返されてきた。

 1921(大正10)年11月、東京駅丸の内南口改札近くで、時の原敬(たかし)首相が10代の男に刺殺された。30(昭和5)年11月には、浜口雄幸(おさち)首相が東京駅のホームで右翼の青年に銃撃された。32(昭和7)年2~3月には井上準之助前蔵相らが暗殺された「血盟団事件」、その2カ月後の5月には犬養毅首相が射殺される「5.15事件」、36(昭和11)年には高橋是清蔵相らが殺害された「2.26事件」が起きた。それぞれのテロやクーデターの衝撃は時代の「空気」を変え、その後の日本の歩みに大きな影響を与えた。

「新しい戦前」。

 不穏なこの言葉は、昨年の年の瀬、12月28日に飛び出した。テレビ番組「徹子の部屋」にゲスト出演したタレントのタモリさんが、司会の黒柳徹子さんに「2023年はどんな年になるんでしょう?」と聞かれ、「新しい戦前になるんじゃないですかね」と答えた。タモリさんはこの言葉に踏み込んで言及しなかったが、今の時代の空気感をよく表していると、放送直後から話題となった。

 政治学者で東京大学の御厨貴(みくりやたかし)名誉教授は、岸田首相襲撃の第一報を聞いた時、「またか」と衝撃を受けたと振り返る。

「安倍元首相は参議院選挙、岸田首相は衆院補選と、いずれも政党の元党首や現党首が前面に出て国民に語りかける場で事件は起きています。このことは、戦後の日本が築き上げてきた民主主義を脅(おびや)かすものだと思います」

 社会が変わりつつある中、御厨名誉教授は、タモリさんが直感的に感じたであろう「新しい戦前」という言葉は理解できると話す。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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