自分の「好き」を見つけるのは意外に難しい。どのように「好き」を見つけ、究めることができるのか。東京藝術大学学長・日比野克彦さんに聞いた。AERA 2023年4月10日号の記事を紹介する。

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 好きなものは生きていると見つかるものです。小さい子にも、いちごは好きだけどピーマンは嫌いとか、このお洋服は好きだけどこのお洋服は嫌いといった「好み」が現れます。この「好き」という気持ちは、その人を形づくる価値観につながります。好きなものにたくさん出会った日は、「いい日だったな」「楽しかったな」と感じます。成長するにつれ、できる限りポジティブな時間の連続の中で生きたい、と思うようになる。そのために努力している時は、それを努力とも意識せずにつき進んでいます。つまり、「好き」をあきらめないのは自分にとって「いいもの」だからです。

■分析していかないと本当の「好き」は分からない

とはいえ、自分は本質的に何が好きなのか、ということに気づくには少し時間がかかるものです。僕も子どもの頃から本当に絵や美術が好きだったかというと、そうではないような気がします。例えば、絵を見て「好きだな」と感じたとしても、その絵のどんなところが好きなのか、色なのか、描かれている場所なのか、その場所の何が好きなのか、といったふうに分析していかないと、本当の「好き」は分かりません。

僕の場合、絵を描くのも好きだけどおしゃべりするのも嫌いじゃないし、歌は下手だけど歌うのも嫌いじゃない、ピアノは弾けないし楽譜も読めないけど鍵盤を叩くのは嫌いじゃない。そんなふうに自分の「好き」を掘り下げていった結果、今の僕の「仕事」につながっていきました。朝顔の苗を植えて育てたり(明後日朝顔プロジェクト)、サッカーチームの旗を作ったり(マッチフラッグプロジェクト)、福祉施設で障がいのある人たちと一緒に過ごす中で生まれた「福祉×アート」の取り組みもそう。これらは広い意味の「アート」です。

同様に、料理が好きという人も、シェフを目指すという道だけでなく、食材が好きなのか、食べているお客さんの顔を見るのが好きなのか、デコレーションするのが好きなのか、それとも生産農家とのやり取りが好きなのか考えてみる。そうして突き詰めていくと、地域コミュニティーの中での仕事や、料理本をつくる編集者の仕事という形で本当の「好き」にたどり着けるかもしれない。

■「好き」が結果的に「仕事」になっていく

職業というのは、すべて誰かが作ったものです。仕事は社会との関係性で成り立っています。あなたの持っているものを私にください。その代わり、私の持っているものをあなたにあげます、という価値の交換が成立すれば「仕事」になります。

世の中のいろんな表現方法や職業もそうですが、もともとはいろんな人間がそれぞれ自分のやりたいことをやっていた中から、仕事として定着したものが「職種」として分類されていきました。これからもどんどん新しい職業の数は増えていくはずです。

本当に自分の好きなことをやり続けていれば、次第に周りの他者から、お前の「好き」をちょっと見せてくれよ、と声がかかり、価値の交換が生まれ、結果的に「仕事」になっていくんじゃないかと思います。

ですから、いろんな領域の中で自分の「好き」の共通項を見つけていけば、どんなことをやっても自分の「好き」は続けられる気がします。僕が「好き」を究める方法論は、根本的なところで自分は何が好きなのかを、世の中のありとあらゆるところから見つけだす手法です。これは「好き」を継続するのに重要なスキルだと思います。

■他者の評価との向き合い方

僕もそうですが、アーチストは楽しくてしょうがないから作品づくりを続けています。それでも、どこかで他者の評価を気にしています。世の中には自分と他者しかいません。別の言い方をすれば、世の中には1人1人の「自分」しかいません。その違いを認め合うことができるのがアートの特性です。同時に、自分が表現したものの価値を他者と共有したい気持ちも当然出てきます。しかし、他者の評価を気にすると、他者に迎合することになり、自分を失くすことにもなる。

自分でさえ自分のことが分かりきれていないところがあるのに、他者に自分のことなんてわかるはずがない。言葉を使って、近似値の表現や感情のやり取りはできるけれど、それもぴったりではない。自分も絶えず揺れ動くし、変わっていく。そうすると評価も常に揺れ動く、と考えたほうがいい。「いいね」って言われても、その「いいね」はずっとキープされるものではないし、「悪いね」って言われたとしても永遠に負の烙印を押されたわけじゃない。「好き」を追求することだけが、人生じゃないし、「好き」を続けるのが辛かったらあきらめてもいい。でも、人の評価が気になって自分がやりたいことができないのはよくない。

■自分にしかない「好き」にする

もちろん、目指している自分と実際の自分がなかなか合致しないという現実はあります。人それぞれいろんな能力があるから、それが自分の目指す能力と一致するとは限らない。となると必要なのは、狭い領域の中で自分の「好き」を追求するのではなく、さまざまなジャンルにおける自分の「好き」を複合的につなげる柔軟さだと思います。そうすれば、自分にしかない「好き」になり得るし、その方が他者との接点は増えていくはずです。他者との接点が見いだせない、ある1点だけの「好き」を追求すると、他者からは遠ざかってしまいます。「好き」を職業にできたとしても、常に距離を置いて見る視点が必要です。孤独に「好き」を探究する方法もあるけれど、人間は孤独には弱いものです。メンタルはすぐに鍛えられるものではありません。まずは自分の「好き」を分析して複合的に応用していくスキルを身に付けることをおすすめします。

(構成/編集部・渡辺豪)

AERA 2023年4月10日号