主な企業の賃上げの動き(AERA2023年2月13日号より)
主な企業の賃上げの動き(AERA2023年2月13日号より)

 支持率低迷に苦しむ岸田文雄首相も三重県の伊勢神宮参拝後の年頭記者会見で「今年の春闘はインフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい」と言わざるを得なかった。

 賃上げが必須になったのは物価高のせいだけではない。日本の賃金がこの30年の間、ほぼ横ばいで推移したものだから、グローバル企業で働く国内外の社員の賃金格差が広がってしまった。

「ユニクロ」を運営するファーストリテイリングは3月から正社員約8400人の賃金を最大で40%引き上げる。

 国内正社員の平均年収は約959万円(22年8月期有価証券報告書)なので正社員の賃金水準は国内では相対的に高いが、欧米の「ユニクロ」で働く正社員に比べると低いケースもあるという。

■海外展開には必須

 世界的なアパレル業界で、ユニクロは「ZARA」「H&M」に次ぐ第3位のブランド。売上高の約半分を海外事業で稼いでおり、海外での人材確保は必須だ。

 また国内人材を海外に派遣したり、海外人材を国内に異動させたりするにも国内外の賃金格差を残していては柔軟な人事異動が難しい。

 今回の賃上げはグローバルに事業を展開しているファーストリテイリングにとっては避けられないものだった。

 グローバルに活動するモノづくり企業でも賃上げの動きがある。工作機械メーカーのDMG森精機は昨年7月に大幅に平均年収を引き上げた。22年度は半年だけの賃上げなので比較が難しく、23年度の平均年収は21年度比で約23%増になるという。

 DMG森精機は4月から初任給もアップする。特に博士課程卒は36万3490円から47万5千円(初任年収は682万5千円)と約30%増の大幅アップだ。

 工作機械の分野はまさにDX(デジタルトランスフォーメーション)の主戦場だ。ソフトウェア技術者を始めとしたハイテク人材を獲得しようとグローバル企業は鎬を削る。

 米国で博士号取得者を採用しようとすると8万ドル(約1040万円)以上の年収が必要とされている。

 今回、DMG森精機が平均年収を大幅に引き上げたといっても、日本の年収は国際的にはまだ低い。とはいえ同社は「年収ベースで世界各国と適正化を図り、優秀な人材の採用、定着を目指す」という。

 インフレ下での賃上げの動きは働く者にとっては好ましい。22年の実質賃金は前年比でマイナスだっただけに今年はプラスになってほしい。岸田首相が言う「インフレ率を超える賃上げ」は実現するのだろうか。(経済ジャーナリスト・安井孝之)

AERA 2023年2月13日号より抜粋

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安井孝之

安井孝之

1957年生まれ。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京、大阪の経済部で経済記事を書き、2005年に企業経営・経済政策担当の編集委員。17年に朝日新聞社を退職、Gemba Lab株式会社を設立。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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