難敵・永瀬拓矢の巧みな戦略と底力に押されたか。藤井聡太は有利な先手番で千日手に持ち込まれ、再び先手を得た再指し直し局では敗れた(写真:代表撮影)
難敵・永瀬拓矢の巧みな戦略と底力に押されたか。藤井聡太は有利な先手番で千日手に持ち込まれ、再び先手を得た再指し直し局では敗れた(写真:代表撮影)

 藤井聡太が棋聖戦第1局で敗れ、タイトル戦連勝は歴代2位タイの13で止まった。千日手が2回成立する激闘。「千日手王子」と呼ばれた永瀬には及ばなかった。AERA2022年6月20日号の記事を紹介する。

【藤井聡太のタイトル戦 13連勝の軌跡はこちら】

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 藤井聡太棋聖(19)に永瀬拓矢王座(29)が挑戦する棋聖戦五番勝負は、波乱の幕開けとなった。下馬評は藤井ノリの声が多い中、まず第1局(6月3日)を制したのは永瀬だった。それも千日手が2回成立する、死闘の末だった。

「千日手」とは簡単に言えば、引き分けのことだ。将棋ではまれに、互いに手を変えられなくなる局面が生じる。続けていけば千日経っても終わらない。そこで現在では同一局面が4回生じると指し直しになる。タイトル戦において、1局の勝負がつくまでに千日手2回は過去に3例しかない。それほどのレアケースだ。

■歴代1位には届かず

「千日手王子」とも呼ばれた永瀬は、10代の頃から千日手が多いことで知られた。最近ではその頻度も落ち着いていたように思われた。しかし大舞台で藤井を相手に、千日手を2回続けてやってのけるあたり、永瀬の面目躍如といったところだろう。

 藤井のタイトル戦番勝負における連勝記録は13でストップ。大山康晴十五世名人(故人)が持つ歴代1位の17連勝には届かなかった。史上初の八冠制覇はいかに大変であるかと、改めて思い知らされるような一番となった。

 棋士には規定によって定められる序列がある。1位は棋聖のほか竜王、王位、叡王、王将を持つ五冠の藤井。2位は名人、棋王で二冠の渡辺明(38)。そして3位が王座の永瀬だ。

 キャラが立ちまくったナンバースリー。永瀬の立ち位置を簡単に言えば、そんなところだろう。対局時、栄養補給にバナナがいいと思えば、山のように盤側に置いておく。匂いからして苦手なパクチーが体によいと思えば、鼻にティッシュを詰めて克服する。和服よりもスーツのほうが戦いやすいと思えば、タイトル戦でもスーツで通す。すべては将棋に勝つためだ。

 永瀬は1世代上の大棋士・渡辺には、重要な一番でことごとく敗れてきた。しかし今期の挑戦者決定戦では、ついに渡辺を撃破。一昨年、昨年と続いた藤井と渡辺の五番勝負は、藤井が渡辺を圧倒している。ならば現在、藤井を倒す1番手は、永瀬と言ってもよさそうだ。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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