批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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cakes(ケイクス)とスローニュースがサービス終了を発表した。
cakesは2012年に始まった文章中心の有料配信サイト。10年の歴史があり3万本を超える記事が掲載されていたが、7月に更新を終え、8月末で閉鎖されると発表された。既存記事も読めなくなる。
スローニュースも同じく文章中心の有料配信サイト。調査報道を支える新たな生態系を作るという意欲的な目標を掲げて21年2月に始動したが、こちらはわずか1年強での終了発表となった。記事更新は6月までとし、事業方針を再検討するという。
両サービスの終了は今の日本で「読まれること」の困難を如実に示している。cakesの運営はnote(ノート)株式会社。同社は現在同名のプラットフォーム運営で成功を収めている。しかし創業者の加藤貞顕氏はベストセラーを連発した元編集者で、当初はcakesこそ事業の要だった。創業の夢が閉鎖に追い込まれたかたちだ。
他方のスローニュースの運営はニュースアプリ大手スマートニュースの子会社。代表は大手出版社ニュースサイトの編集長を長年務めた瀬尾傑氏で、ITを巻き込んでのジャーナリズム復権を掲げたが成らなかった。両者とも内心では歯軋(ぎし)りしているのではないか。
筆者自身小さいながらメディア企業を経営している。そこで実感するのだが、今は本当に文章が読まれない。とくにノンフィクションや評論は驚くほど読まれない。
無料なら読まれるわけでもない。実際この3月には、LINE傘下の無料ニュース・評論サイトであるBLOGOS(ブロゴス)も運営終了に追い込まれた。ブログが政治を変えるといった希望は過去の話。いまやネットでバズるのは短い呟(つぶや)きばかりで、若い世代の情報源は数分の短尺動画に移行している。長い文章を通して世界を捉えること、それそのものが時代遅れのようだ。
とはいえこれは決して歓迎すべき状況ではない。日本には豊かな活字文化の伝統がある。それを次世代に伝えるのは、筆者ら「活字世代」の義務でもあろう。ネット時代にいかに「読むこと」を魅力的にするか。知恵を絞りたいと思う。
◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2022年6月6日号