この人たちの役に立ちたい。心の底からそう思った石川は、融資先や業界のことを徹底的にリサーチした。調べ始めると止まらないのが石川の性格だ。膨大なリポートを渡すと先輩コンサルタントが音を上げた。

「こんなに読めないよ」

 どこまでも深掘りしていく。この石川の「調べ癖」は、のちにミツモアの大きな力になる。

■門前払いで挫折の日々

 日本の中小企業はどうやったら、もっと強くなれるか。課題を突き詰めた時、ITを使いこなす力が圧倒的に遅れていると気付いた。ITなら、自分も学び直さなくてはならない。

 石川はベインを休職し、MBA(経営学修士)を取得するため米ペンシルベニア大学ウォートン校に留学した。そこには世界中から様々な若者が集まっていた。インドやタイの富豪の娘や息子。米国人の中には元オリンピック選手や元軍人もいた。

 猛勉強の末、14年にMBAを取得した石川には二つの選択肢があった。日本に戻って起業するか、米国のIT企業で働くか。石川は自らの経験値を上げるため後者を選ぶ。ここで人生最大の挫折を味わった。

 ネットでオファーを出しても、ことごとく門前払い。SNSのリンクトインで片っ端からウォートン校のOB・OGに当たり、ベイン出身者の会社も探した。100社はあたったが、どこからも色よい返事はもらえない。街を歩けば起業家だらけ。レストランに行けば隣の席で、若者たちが起業の話をしている。だが石川は輪の中に入れない。

 米国のIT企業はエンジニアには広く門戸を開いているが、ビジネスサイドの人材は求めていなかったのだ。ビザ取得の条件も優遇されているのはエンジニアで、それ以外は厳しい。

■地域密着のサービスを

 1社だけ雇ってくれたのがZazzle(ザズル)という印刷サービスのネット企業。石川と同じ苦労をしたであろう中国人マネジャーが力になってくれた。CFO(最高財務責任者)付きのスタッフとして働きつつ、夜は起業のアイデアを温めた。

 イヤホンでアップビートの曲を聴きながら気持ちを高める。狙うのは中小企業の力になるビジネス。日本の弱点とされる労働生産性を上げるサービス。いずれは規模を拡大し、日本のGDPを引き上げることに貢献する。ここは譲れない。

 たどり着いたのは「見積もりを自動化するプラットフォーム」というアイデアだった。

 冒頭で書いたように、日本には様々な職種の「プロ」がいる。だが利用者からは顔が見えない。どこに頼めばいいのか、頼んだらいくらかかるのか。分からないから使わない。ネットの力で「顔の見えるプロ」を見つけられるようにしたらどうだろう。地域密着型のサービスを作ったら、日本中で新しい仕事が続々と生まれるはずだ。

 米国ではこうした事業を「ローカルサービス」といい、最大手のThumbtack(サムタック)はグーグル傘下の投資会社が出資している。企業価値が10億ドルを超える「ユニコーン」で、サービスの流通金額は2千億円を超えていた。

 石川の試算では、日本にも数十兆円規模のローカルサービス市場がある。だがサムタックのようなプラットフォームは確立していない。中小企業や個人事業主の多くは、家を一軒一軒回ってチラシを配るような非効率な営業をしている。うまくプラットフォームを作れば、利用者が便利になるだけでなく、顧客基盤も安定するはずだ。長時間労働も減らせるかもしれない。(敬称略)(文/ジャーナリスト・大西康之)

AERA 2022年3月14日号より抜粋