ソース焼きそばを作ったら、少し取っておき、ご飯と炒めてそばめしに。卵の薄焼きを巻けば、オムそばのできあがり(撮影/齋藤圭吾)
ソース焼きそばを作ったら、少し取っておき、ご飯と炒めてそばめしに。卵の薄焼きを巻けば、オムそばのできあがり(撮影/齋藤圭吾)

■作ってはだめなんです

 そんな高山さんを、再び料理本の世界に引き戻したのは、以前、料理の本を一緒に作っていたカメラマンと、仕事で再会したことだったという。料理本の現場の楽しさがよみがえり、自宅に帰るなり、長年組んできた編集者に電話をかけていた。

「料理の本を作りたくなってきました!」

 18年の夏のことだった。このころ見たという夢が書かれた日記を、高山さんが読んでくれた。

「窓を開けると大洪水、足を滑らせ私は水に落ちた。しばらく流され、もう駄目かもと思った。でも手すりに掴まることができた。そうしたら蝉時雨がジャカジャカジャカジャカ鳴きはじめ、私は何かに押し流されていった」

 料理本への思いが、自分の中から洪水のように出てきたことを暗示した夢ではないか。高山さんは後に、そう思ったと話す。

 そうして生まれた『自炊。何にしようか』は、「食のドキュメンタリー」と呼ばれることも。

「料理本というのは普通、台割を作って、タイトルもテーマも最初に何かしら用意してから始まりますが、(神戸に移ってからは、そうした本作りが)私にはできなくなっていて……そうですよね、ドキュメンタリーなんですよ。朝起きていつも何してます?と聞かれて、『うん、まず、煮沸しておいたふきんを洗濯機に入れて……』と答えるんですが、私は意識していないんですよ。いつも自分でやってることだからね。それを人に伝えていくと、いろんなことがはっきりしてきますよね」

ワンタンは多めに作って、残ったら冷凍庫へ。インスタントラーメンと一緒に煮れば、ワンタン麺になる。煮卵があればなおよし(撮影/齋藤圭吾)
ワンタンは多めに作って、残ったら冷凍庫へ。インスタントラーメンと一緒に煮れば、ワンタン麺になる。煮卵があればなおよし(撮影/齋藤圭吾)

 撮影も、まさにドキュメンタリーだった。台本がない代わりに、神戸の高台にある一室で生まれる高山さんの料理を、朝食から夕食まで、時系列で追った。料理をしながら高山さんがつぶやいた言葉は記録され、のちにご本人が足し引きし、そのままレシピのコメントとなった。

 1回の撮影に丸々3日。季節を変えて、その一連の撮影が3回にわたって行われたという。

「本を作っていると、どうしても“作ろう”としてしまう。でも私は、自分のなかに蓄積されたものが、自然に出てきてこそ、多くの人と共通の世界に立てると思うんですよ。作ってはだめなんです。作られたものは、簡単に『わかったわかった』って思われる一方で、忘れられるのも早いんじゃないかって」

 すでに21冊目となる高山さんの日記本『日々ごはん』に寄せられる、びっしり書かれた読者カードを読むうち、気がついたことだった。

■ひとりだと怖さに敏感

 コロナ以降、外食もしづらくなり、アラカンになって、まさかの本格的自炊デビューを果たした自分も、高山さんのレシピを作ってみた。例えばハンバーグのアレンジレシピ。残った溶き卵が、ちゃんとメンチカツの衣になっていたりするリアル! そして何よりおいしい。

「ひとりだと怖いことに敏感だから、食べないと、生きられなくなることがよくわかるようになった」(同書から)

 その食卓に、レシピ本の扉を開けて、お邪魔するのはどうだろう。(ライター・福光恵)

AERA 2021年10月4日号