山極壽一(やまぎわ・じゅいち)/ゴリラ研究の世界的権威。京都大学総長、日本学術会議会長などを歴任した後、現在は総合地球環境学研究所所長 (c)朝日新聞社
山極壽一(やまぎわ・じゅいち)/ゴリラ研究の世界的権威。京都大学総長、日本学術会議会長などを歴任した後、現在は総合地球環境学研究所所長 (c)朝日新聞社

 菅首相は昨年9月、日本学術会議が推薦した会員候補を任命拒否という異例の判断を下した。その問題点とは何か、新しい総裁に何を求めるのか。AERA 2021年10月4日号で、霊長類学者の山極壽一氏が語った。

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 昨年9月、菅義偉総理は、私が当時会長だった日本学術会議が推薦した6人の会員候補に対し、任命を拒否しました。このことこそ、いまの政治の課題を象徴的に示しています。

 最大の問題は、拒否するにあたり「理由を言わなかった」こと。多くの場面で「説明しない」という、安倍晋三前総理から菅さんに引き継がれた手法は、もはや民主主義ではなく全体主義です。民主主義とはその判断について理由を説明し、すべての人を納得させる合意形成の場を作り、結論を導き出すこと。それを無視し、選挙で選ばれたのだから何をやってもいいとする傲慢(ごうまん)さは、目に余ります。

 一方で、「理由をはっきり言わずに、人を切る」ことから生まれているのが「忖度政治」でしょう。権威の顔色をうかがう傾向が強くなり、各派閥もその頂点である総裁や次の総裁候補に忖度し、すべてが決まっていく。これでは全体主義国家への道を着実に進んでしまいます。

 また、時の政権や時代の風潮に物申す「批判精神」が不可欠な人文・社会科学系の6人が排除されたことからは、「学問の軽視、科学の軽視」という政権の姿勢も見えてきます。

 学問とは、本来、「いまの政治」に関係なく、未来を見つめ人間の幸福を考える作業です。大切なのは多様性であり、それが確保されていればこそ、新しいことが生まれてくる。多様性の重要さを理解できていないことは、政治の硬直化も招いています。政治はむしろ多様性を自ら求め、意見を自由に言えるような雰囲気を、学問の世界にも社会にも作らないといけません。

 そもそも、日本という国のいちばんの「強み」は何か。「科学技術、学問、教育」です。明治以降、日本の政治の最も悪いところは、たとえば軍備の増強など、世界の先進国の後追いをするばかりで、自らの「本当の強み」を生かして世界の先端に立とうとしないことだと思います。

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