ただクラピカのケースと違い、千兵衛博士による一人称の使い分けを見て「このキャラは二面性がある」と感じる人は少ないのではないかと思います。というのも、博士のような一人称の使い分けは我々自身が日常的に行っているからです。友だちには「オレ」、先生には「わたし」、就職活動の面接では「わたくし」と、相手や状況によって一人称を使い分ける人がほとんどではないでしょうか。

 相手や状況だけではなく、一人称は年月を経て変わることもあります。幼少期は「〇〇くん」と自分を名前で呼んでいたのが、小学校入学を期に「ぼく」(頭高アクセント)になり、高学年では「オレ」になり、大学ではまた「ぼく」に戻る(ただしアクセントは平板)……なんて変遷は、わたしの弟ふたりを眺めていても、非常によくあるケースではないかと思います。女性はいつでもどこでも「わたし」で通せるので、男性は気苦労が多いなあとも思います。

 ですから冒頭の質問に戻ると、「俺か僕か」は話し手の性格に依るのではなく、聞き手との関係性や社会的立場など、本人以外の外的要素に依ってさまざまに変化するといえそうです。「俺キャラか僕キャラか?」ではなく、「この人には・場面では、俺でいくか僕でいくか?」なのです。

 近年英語圏では、話し手自ら「自分のことはこう呼んでほしい」と代名詞(pronoun)を聞き手に伝える動きがあります。ソーシャルメディアのプロフィールに「he/him」「she/her」「they/them」といった表記を見かけることが多くなりましたし、アメリカでは学校や会社であなたのpronounは何かと聞くことが増えているようです。日本語では本来自分事のはずの一人称代名詞が他者に起因するのに、英語では他人事のはずの三人称代名詞が自己起因なのは、なんだか両言語の性質を反映しているようで面白いです。

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大井美紗子

大井美紗子

大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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