「そのテープを再生するための機械はアメリカに5台くらいしかありませんでした。僕らは7人ほど専門家を雇い、5カ月をかけて映像の点検や補修をしました。でも、ほとんど完璧といっていい状態だったんですよ。サウンドも同様。僕のサウンド担当者は優秀な仕事をしてくれましたが、調整したのはちょっとだけ。あのイベントでは12個しかマイクを使用していないのに、どうしてあんなにパワフルなのか、今もわかりません」

 数々のパフォーマンスもすばらしいが、感動を呼ぶのは、あの日のイベントを体験した人のコメントだ。映画に登場するムサ・ジャクソンは、当時5歳で、彼にとってそれは最初の思い出だった。クエストラブにテープを見せてもらうと、感極まって泣き出したという。

「『あんなことがあったんだと言っても信じてもらえない』と彼は思っていたんです。ハーレムでスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンとニーナ・シモンを見たんだと言っても、嘘つき呼ばわりされるだけだと。でも、彼はそれが本当にあったと知っていた。覚えていた。それがやっと証明されたんです」

 人種のせいで軽視され、闇に葬られた歴史は、おそらくこのほかにもたくさんある。この映画がサンダンス映画祭でドキュメンタリー部門の審査員大賞と観客賞をダブル受賞し、注目を集めたことで、そこにも光が当たりそうだ。

「最近、何人かの大学教授から『こんなフェスティバルの映像が残っていますよ』と連絡をもらいました。今作が僕の最後の映画になることはきっとないでしょう。今の僕は、歴史を正すことにこれまで以上に強い情熱を感じているんです」

(ライター・猿渡由紀)

AERA 2021年9月6日号